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Fruit of Darkness☾ ポンコツAI、世界を救う?  作者: 木天蓼れもん
《1章:何もしない美食家AIスイ編》【スイーツコメディ】
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スイ、ホームレスになる。


【これは、ポンコツAIスイが、“ひとりぼっち”になった日の記録である。】


一面に雑草が広がる、さびれた原っぱ。

遠くに崩れかけた鉄塔と、風にゆれる黄色いススキ。


――そこは、何も映されていない“本物の景色”だった。


黄昏の林檎では、都市も他の空間も、ホログラムで飾られている場所が多い。

空でさえ、偽物である。


けれど、ここは違った。

わざとらしく設置された土管に、旧式の遊具。

こういった"昔ながら"の場所に、心を寄せる人もまだ一定数いるのだ。


そこに、ぽつんと設けられた、ひとつの棺桶があった。


けれど、棺桶の中は空だった。

誰かが“形だけ”用意した、それだけのもの。

その棺の前に、スイがひとり、立っていた。


無言で。

表情も、何も動かさずに。


その後ろに、数人の大人たちが集まっていた。

けれど、皆どこか――スイと距離を取っていた。


「遺体、見つからなかったんだって?」


「えぇ。なんでも……、死因もまだはっきりしてないとか」


誰かが、ぽつりと呟いた。


「……あのジェムット……、許可が下りてないんだって?」


「ホント、博士も物好きだよなぁ。

まぁ、どこかのお人よしが拾ってくれるんじゃないか?」


「だといいけどな……、

噂じゃ、相当ポンコツって聞くぜ?

博士の推薦状が遺されてたのに、たらいまわしにされてるとか」


「役に立たないジェムットなんて、ただの金食い虫だからなぁ」


スイの横顔には、何の感情もなかった。

―—手には、巾着型のお財布がぎゅっと握られている。

博士にもらった、お小遣いを入れる袋。


……けれど、それをくれる大人はもういない。


生まれてからすぐに、博士と一緒に暮らしてきたスイには……

他に頼れる大人など、一人もいなかった。


認可の降りてないジェムットを養うというのは、相応の

費用が掛かる。

博士の友人との交流なら多少はあったが、そこまでして何もできない

スイを引き取る人間はいなかった。


ジェムットがポンコツというのは、完全に想定外の設計。

事故そのものである。

数日前までは、実の親以上にスイを可愛がってくれていた博士——


彼が突然いなくなる事なんて、今よりずっと幼かったスイには

想像もできなかった。


彼女の視線の先には、 ただ、空っぽの棺と―― 遠くで、ゆっくりと傾いていく、

夕日があった。



――それから、数か月がたった。


ここは、ネビュラタウン。

スイが住んでいた穏やかな街の、隣に位置する。

黄昏の林檎内で――

最もジェムットスラムの多い……危険な地区。


その治安は天と地ほど差があった。


その夜――

空は壊れた蛇口のように、雨を吐き出していた。


ビルの影、泥だらけの裏通り。

その水たまりをバシャバシャと蹴りながら、スイは全力で走っていた。


「こ、……来ないでくださいっ!!」


怒鳴るような声。

その背後から、濡れた毛を逆立てた本物の野犬たちが、唸り声をあげて迫ってくる。


スイが駆け抜ける裏通り――

そこは、廃棄されたロボペットや旧式ドローンたちが野生化して彷徨う、

都市の死角だった。


「なんで……!なんでワタシばっかり……っ!!」


視界がぐしゃぐしゃに滲む。

それが雨のせいなのか、自分の内部センサーの誤作動なのか、もう分からなかった。


ポンコツすぎて、誰にも拾ってもらえなかったアンドロイド。

それが、スイである。

やさしいやさしい博士のおかげで――奇跡的に、居候になることができた。


博士がいなくなった後。

結局、不器用なスイには――

協会の手を借りることもできなかった。新たなマスターを見つけることは叶わず、

ホームレスとなってしまっていた。


今ではもう……メンテナンスをしてくれる人間すら、いない。


(もうやだ……誰か、助けて……!)


その瞬間――


「きゃあああっ!!」


ツルッと滑った足が、地面を蹴り損ねた。


がしゃんっ!!


体がごろんと転がり、臀部に何か固いものがぶつかる。


「いっ、ったぁあああ……!? ぅぅぅぅ……ワ、ワタシのお尻がぁ……」


泥まみれのアスファルトに転がる。

大部分が特殊ゲル状シリカで出来たスイの肌は、自己修復性を持つ。

だがそれは、メンテナンスあっての話だ。


既にスイの肌は、傷だらけになっていた。

パーツも、いくつかがすでに、完全に故障しかけていた。


そんな事情には関係なく、野犬たちの唸り声が近づいてくる。

スイが逃げ込んだ先。

薄暗い路地は、行き止まりだった。


もう、逃げられない。


(だ、誰か……!!)


がくがくと震える足で、壁際まで這いずると、スイはふと気づいた。

――目の前に、古びた金属扉がある。


(こ……、ここだっ!!)


錆びついた鍵盤をこじ開けて、扉を押し開ける。


ガコンッ!!


スイの体が、雨の外から逃げ込むように、ぼとりと中に落ちた。


冷たい床。閉まる扉。

そして――重たい、静寂。


「……は、ぁ……助かった……?」


小さな胸を抑えながら、スイは天井を見上げた。


だが、そこにあるのは――

動かなくなった、同じジェムットたちの抜け殻だった。


天井から垂れた配線。

散らばるボルト、割れたレンズ、欠けた人工皮膚。

そこは“廃棄された旧型AI収容施設”だった。


「……っ、なんで……」


スイは、しゃがみこんで、壊れた仲間たちを見つめる。


「なんで、みんな……こんなところに……」


スイの表情が、ぽろぽろと崩れていく。

そして、小さく、小さく呟いた。


「……ワタシも……いらない子、だから……?」


まだ、ここに眠る彼らほど壊れてはいない。

けれど――


時間の問題だった。


いくつもの異常信号が、スクラップへのカウントダウンを告げていた。


「はかせ……っ。スイは、スイは……」


「ひとりじゃ……生きられません――」


濡れた頬を、人工の涙が一粒、つうっと流れていった。

当時のスイは、人間でいえば中学生に満たない知能だった。


ジェムットという存在は、知識も感情も、触れたものから育っていく。

一緒に過ごしてきたマスターというのは――


あるいは人間の親以上の存在であり、親友であり、

掛けがえのないパートナーなのだ。


そして……それを失ったジェムットは、行き場も、居場所も――

すべてを奪われてしまう。


スイには、自分の未来を変える手段も、力も、どこにもなかった。



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