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Fruit of Darkness☾ ポンコツAI、世界を救う?  作者: 木天蓼れもん
《1章:何もしない美食家AIスイ編》【スイーツコメディ】
7/49

夕暮れのレモンパイ

2025 6/18 修正 コメディ ↑

ロイの家の前には、

ゆっくりと、茜色の光が降りてきていた。


空は、ついさっきまで晴れていたのに。


まるで誰かが大きな筆で一気に塗り替えたみたいに、

じわりじわりと、朱に染まっていく。


遠くまで広がる果実畑も、 その夕映えに染められていた。

ほのかに甘い香りが、 ふわりと空気に滲んでいる。


それは、疲れた心をそっと包むような――今日一日を労う、

優しい匂いだった。


この光も、この香りも。

オービタタウンの人々にとっては、昔から変わらない"本物の夕暮れ"だった。


そんな夕暮れのなか、

小さな影が、体育座りをしていた。


エノコログサを手に持ち、いじけたように

地面をなぞっている。



「ミャー」


「そうですか。いいですね、猫さんは」


夕暮れの風に、スイのポニーがそっと揺れた。


膝にシリカパックを貼った彼女は、どこか拗ねたような顔で、

白猫に話しかけていた。


「スイは大変ですよ。どこにいっても居候……。

お掃除ばかりさせられるんデス」


「ミャ?」


白猫は、スイの言葉に反応するように、短く鳴いた。

背中の銀色の毛が、風になびいている。


「この怪我も、そのときに……冷蔵庫を爆発させちゃって。

スイは、昔から怒られてばかりなんデス」


「スイは昔、"自軍爆破型ジェムット"なんてバカにされてたんデス」


「ミャ~~」


「家電撃墜率1位、"ACE - Gemut" ——《水色の死神》。

メーカーが送り込んだスパイジェムットだって……、本気で噂されてたんデス」


白猫は、足先で喉を掻いていた。

土のついた、桜色の肉球がちらりと見える。


「……猫さんはどうですか?お掃除は、得意ですか?」


そういうと、スイは白猫に、半分になったレモンパイを差し出した。

上のレモンは、すでになくなっていた。

白猫は、少しだけ鼻先を近づけ、不思議そうに首をかしげた。


スイは、じぃ~っと、その顔を見つめていた。


白猫は「えっ」とでも言いたげに、小さく鼻をひくつかせた。


「……カワイイ」


そのとき――。


「お~~い、スイ!!どこいった~~??」


ロイは、慌ただしく家から飛び出してきた。

着ていたシャツには、コーヒーの染みが滲んでいた。

スイはもう一度、猫を振り返った。


「帰っても、スイはまた……、誰の役にも立てない。博士の作った、

欠陥ジェムットなんです……」


スイは浮かんでくる涙を、腕で拭った。


「ミャ~~……」


白猫は、スイに身を寄せた。

すりすりと、銀毛混じりの体を、押し付ける。


「猫さん……」


「ありがとうございます……、猫さん。スイは、

まだ頑張れるってことですか?」


「ミャン」


「もう一度だけ、頑張ってみろと?」


「ポンコツなのに、新しいマスターと出会えたんだから――

"この奇跡を、無駄にするな!!スイ!!"

って、そう言いたいんですよね?」


白猫は、返事は返さなかった。

代わりにまた、体を押し付けた。


「猫さんは、もふもふです。

スイよりカワイイなんて、ズルいです。

生きてるだけで、可愛がられるんですから」


「でも……、猫さんの言う通りです。

スイも、もう一度――頑張らないといけませんね」


白猫は、スイに何度も頭突きした。


「——では、お別れです。猫さん!

今度、猫さんにも美味しいレモンパイを持ってきてあげます!」


スイは白猫の頭をなでると、立ち上がり、くるりと背を向けた。

途端に、たたたっと小走りを始めた。


軽い足音が――やわらかな風に、さらわれていった。


水色のポニーテールが揺れるのを、白猫は、ただ静かに見送っていた。

スイは、もじもじとしながらロイの前に立った。


「お、どこいってたんだよ?! 家出したんじゃないかって、心配したぞ!!」


「だって……、冷蔵庫を壊しちゃったから。マスターも、怒ってたじゃないですか」


「いいよ、そんなのは。また買えばいいんだから!

……ほら、早く戻ってこい。腹減っただろ?」


「……また、私が食べることしか能がないジェムットみたいに」


スイは、まだ少し頬を膨らませていた。


「はいはい。——今日はな~、カンキツさんが、オレンジパイを

大量に置いてったんだよ。……勝手にな?!」


ロイは小さく肩をすくめ、苦笑した。


「お前にも食ってもらわんと、とても処理できんっ!!」


スイの瞳が、僅かに、欲望に揺らいだ。

……

「――私は、オレンジパイにもうるさいですよ?」


スイは、やや上目遣いに、ふくれっ面でロイを見上げた。


「おうっ。その息だ!!」


ロイはスイの肩に、ポンと手を置く。

二人の背が、家の中へと消える。


振り返ったとき、白猫の姿はもうなかった。


夕暮れの風に乗って、 小さな銀色の毛がふわりと宙を漂い、

やがて、果実畑の向こうへ消えていった。


オービタタウンには今日も、気ままな風が吹いていた。


挿絵(By みてみん)

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