スイの論破日記
「ティータイムはまだですか」
スケベ・ブラックことロイは、珍しく高圧的なスイの声を耳にした。
「は?」
間抜けな顔になるのも無理はない。仕事を始めて、まだ一時間しか経過していない。廃棄場から拾ってきたパーツの修理も、工程はほとんど進んでいなかった。
「博士が主人だったときは、ティータイムは毎日ありましたよ」
(――なるほど、そう来たか)
ロイは思わず感心した。これほど図々しいジェムットは、稀に見る。
ジェムットは基本的に犬より主人に従順だからだ。ところがスイの場合、これが標準動作だった。
作業場に目をやるロイ。スイが掃除を担当していたはずだが、思い違いだったのだろうか。簡単な仕事を任せたはずなのに、ロイの寝室は魔界のような汚濁に濡れていた。
「掃除が終わっていないようだが?」
「それとこれとは関係ありません。ティータイムは、いついかなる時も行われるべきなのです。」
「それは、どういった根拠で?」
しばしの沈黙。
……
≪バトルモード起動、タイプB。論破≫
カリッ。カリカリカリ…………!
スイの瞳が暗転し、頭部から機械音が鳴り響く。
≪論破準備完了。エネルギー節約の為、一旦、電源を落とします。≫
――ピピッ。プツン。
静寂。やがて、電源が戻り、スイはロボットのように淡々と告げた。
「マスター、御存じですか?働かざる者食うべからずというのは、対価とは無関係なのです。仕事をすれば、食べられる。この論理構造、理解できますか?」
「……なるほど。こりゃ一本取られた。だが、お前のそれは仕事というより、作業かもしれないぞ?」
――ウィィィン……ピッ。
カリッ。カリカリカリ…………!
≪再起動、確認。演算完了。スケベ・ブラックの論破準備が完了しました。≫
「私は博士に"仕事"をして、対価を貰っていました。対価を貰っているなら、それは作業ではなく仕事です」
「うむ。論点は悪くない。でも、さっきの話とは矛盾が起きないか?」
「起きません。私は、一秒でも早く新鮮なレモンケーキが食べたいからです」
スイは言い切った。
「なるほど。そりゃそうだ!」
「では、そういうことで。早くレモンケーキを用意してください」
≪スケベ・ブラック。論破完了。≫
――ピピッ。プツン。
自主的なモード切替は、故障のリスクが高い。博士には多用を禁止されていたが、ロイは知らなかった。
スイは、食べ物の事になると構わずこれを起動する。
論破モード中、論理は鋭くなるが、節約設計の為前後の文脈には弱い。
――最終的に論理が破綻しても、自らの欲求を押し付けて終了。要求先行型ジェムット、スイの黄金の勝ちパターンである。
食卓に座して待つスイは、まるで王者の風格。キングは動かない。フォークを両手に、下僕に急かす。
耳障りな金属音は、その鋼のボディにはただの軽やかなメロディに過ぎない。
レモンケーキへの執念が、スケベ・ブラックを打ち倒した。
たとえロイが、毎回譲歩していたとしても。勝利の美学は揺るがない。
王者のログの記録はこう告げる。
【スケベ・ブラックとのrefute duel。14勝0負。】
無敗無敵のジェムットが、今日もまた1勝を積み上げた。