居候型ジェムット
居候型ジェムット、(拠点を)見つける。
ジャンクの丘の出会いから、二週間。
スイはすっかり、ロイの家に居着いていた――
***
ロイは、キッチンへコーヒーを取りに向かう。
……と、ふと視界に入ったのは、彼のベッドに突っ伏す小柄なジェムットだった。
「おい、居候。掃除が終わってないぞ?」
ロイは半ば呆れたように、散らかった部屋に視線を落とした。
「スイはもう、エネルギー切れです。
それに、あんなに汚い部屋は片付けられません」
「――不潔な男は、モテませんよ?」
ベッドの上には、飲みかけのレモネスの瓶。
レモンパイのカス。
レモネス隊のミニフィギュアが、戦争でも起きたかのように転がっていた。
「……ほとんど、お前が散らかしたんだろ!!」
「人のせいにしないでください。これはっ――
……これは、マスターのせいですよ!!」
スイはきょろきょろとベッドを見渡し、遂に“証拠”を発見した。
ゴミの山にポツンと置かれた、コーヒー缶。
それを、いそいそと手に取る。
たった一本の、飲みかけの缶。
スイは、それ一本で無罪を勝ち取ろうとした。
「それだけだろ!!」
至極当然な、ロイのツッコミ。
だが、"自己都合型奉仕AI"は、その程度では怯まなかった。
「うるさい!! スイは……、ジェムットは、ル○バじゃないんだ!!」
スイはちらりとフィギュアに目を落とす。
一瞬グリーンを手に取ったが、少し悩み――
一番人気のないブルーを手に取り、勢いよくロイに投げつけた。
「いてっ……!! おい、モノは大事にしろよ!!」
ブルーのフィギュアの首がもげて、完全に半回転する。
ブルーは194cm、50キロ台半ばの神もやし隊員である。
本人の体型をリアルに再現しているため、設計上、かなり壊れやすいのだ。
「ふん。スイは、物欲に執着しないイイ女なんです」
「食い物への執着は良いのか?」
「よく食べる女性は、魅力があるって博士が言ってました。」
「博士は、食べたいなら、この世からレモンパイがなくなるまで、
何個でも食べなさい――、と」
スイの瞳のパーツが、昏く沈む。
【……その様子は、まるで心を持たないAI……】
博士の言葉を、忠実に守る無機物かのようだった。
いや……、ただの食欲のモンスターなのだが――。
スイはこういった、“わざとAIぶる”動作が、得意だった。
「なるほど……、そりゃ重症だ?!」
ロイは、問題の根の深さにようやく気づいた。
スイはいつも、博士の言葉を都合よく切り抜く――
"凄腕の"切り抜き職人なのである。
(なお、オファーは一切ない)
自分に都合のいい部分は、チップが破壊されても完全には消えないほどに、
強烈にインプットしている。
――あるいは、もう手遅れなのだ。
***
――あるいは、もう手遅れなのだ。
「じゃあ、掃除はしなくて良いですか?」
スイの瞳の色が、都合よく戻る。
「ダメに決まってるだろ。やらなきゃ、いつまでたっても上達しないぞ」
「もう、何年もやってます。
ワタシは、博士の家にいるときから、同じ調子でした」
スイのパーツが、わずかに反抗的な音を立てた。
「うむ。でも、諦めるのは良くないぞ。
なにが原因か、じっくりと考えてみろ。
AIなら、分析は得意なはずだろ?」
「……」
「どうした?」
「家政婦を雇いましょう。スイは、その方が健全だと思います」
「なるほど、そりゃいい!
……ってお前!? 完全になにもする気ないだろ!」
「そんなことはありません。
スイは、いるだけでマスターの心を癒しているんです。
犬っころと違って、スイは顔もカワイイです」
スイは小さな胸を張り、自信たっぷりに言い切った。
「……容姿はともかく、俺の心は散らかりっぱなしだが?」
「なら、お掃除しましょう。ワタシが、マスターの心を――」
スイは決め台詞のように口にしたあと。
ゆっくりと、冷蔵庫へと向かう。
そして奥から――
とっておきのレモネスドリンクを取り出す。
致死率0.01%――レモネス1000。
瓶を握りしめながら、いかにも惜しそうに。
ロイへと、差し出した。
スイは、“掃除”と“レモネス1000”を天秤にかけたのである。
「どうでしょうか……」
「なにがだ?」
働き者で、犬より従順なはずのジェムット。
働かない、従順じゃないというのは――
家を守らず、鼻も利かず、走る気もない――犬みたいなモノである。
“ジェムットマスター”の上級資格を持つロイでも。
スイのような"依存型自律ジェムット"を見るのは、初めてだった。