アンストッパブル ―偏差値70万の中学生と、3のメーカー社員―
「ひゃっほぉっ!!すっごい契約が取れたぞ~~!!」
レモネス・アモーレ社、入社2年目。
夢能テンネンは、スキップしながら、休憩室へと向かっていた。
30分前――。
「れ、レモンパイの王——ですか?それは、一体?どこの王様ですか?」
「え?!レモンの国?!そんなところ、あるんですか?!」
モモムラ・ユミから、仕事を引き継いだ夢能テンネン。
受話器に向かって過剰なリアクションを示していたが、その事にはオフィスの誰も関心を示していなかった。
「レモンランドの第二王女……?すみません、僕、地理に弱くて!ていうか、偏差値3なんですケド!」
「はい、はい……。偏差値、70万?! 資産、100憶?!」
「も、物凄いお方ですね……。貴方は。
わかりました。そこまで言うなら――私も、命を懸けて対応いたしましょう」
ガチャン。
「大・勝・利!!俺の時代、キターーー!!」
夢能テンネンは、受話器を置くと、力強くガッツポーズを取った。
そして、1日後――。
舞台は、オービタタウン、ロイ宅前に移る。
「ど、どうなってんだ。こりゃ?!」
ロイ宅の隣人。アルファは、目を疑った。
ロイの家の前には、レモネストラックが次々と停車し、四方を埋め尽くしていたのだ。
「れもねーっす」「レモネーッスゥ!」
レモネス野郎達は、次々とロイの家に、レモネスドリンクの箱を運び込んでいた。
家の中は、既にパンパンになっており、庭先まで段ボールが積みあがっていた。
「ろ、ロイのやつ……、とうとう頭がイカれやがったか?!」
「ジェムット狂いの次は、レモネス狂いか?!あの、アホは!!
って……ん?」
アルファの視界に、レモネス野郎達とは明らかに違う何かが映った。
水色の、ポニーテールだ。
「次は、そこに運びナサイ」
小柄なジェムットが、レモネス野郎達に指示を出していた。
腕を組み、威風堂々としたその様は、
まるで小さな王だった。
「れもねーっす」「れもね~っす!」
レモネス野郎どもは、小さな王に、敬礼した。
彼らは相手が誰だろうと、全力で従うように、社内プログラムで育成されているのだ。
「あ、あ、ありゃぁ……、最近ロイと暮らし始めた、
ジェムットか? 一体、な、何してんだ?」
「スイが、一生レモネス生活が出来るよう、全て置いて行きなサイ。
隙間がなければ、道路と畑に積みなサイ」
淡々とした口調で、続けるスイ。
「れもねーっす」「れもね~っす」
レモネス野郎どもに指示を出しているスイの瞳は、
見た事のないほど、暗く淀み切っていた。
―—よくみると、胸元が涎でぐしょぐしょに濡れていた。
「ま、まさか――。あのジェムットが、これを引き起こしたのか?!」
一番最初に、事態に気づいたのは。
黒幕に辿り着いたのは、隣人のアルファだった。
「ろ、ロイに連絡――」
そこで、アルファは思い出した。ロイは外部での仕事で、数日帰ってこないと。
近所の野良猫の世話を、任されたばかりだった。
アルファはもう一度、スイを見た。
大きな行動に出るはずである。スイは、完全犯罪をするつもりなのだ。
一体、どうやってあれだけの箱を隠すつもりなのかはわからない。
そもそも、これだけ大事になったら隠し通すのは不可能だ。
それでも。実のところ、ジェムットの暴走と言うのはそこまで珍しい事ではない。
食欲がトリガーと言うのは聞いた試しがないが、
理性が暴走し、事件を起こした例も、実際にいくつもある。
アルファは受話器を置いた。
自分で何とかするしかない。俺が――、やらなくてはならないと。
壁に掛けていた、モデルガンを手に取る。
弾も入ってないのに、彼はモデルガンを構えた。
アルファは、一歩出ようとする。
そこで、立ち止まった。
「やっぱり、やめとこうかな……」
ロード・アルファ。
職業、作家。とてつもなく、引っ込み思案——。
家の中と、ロイの前では元気だが、基本的に引きこもり。
全ての運命が、スイの味方をしてしまった。
神は、きっといない。
最初に黒幕に気づいたのが、彼でなければ。モモムラ・ユミが夢能くんに仕事を引き継がせなければ。
レモネスアモーレの、アホ社長が出社していなければ。
どれか一つでも、ピースが違えば。
後に怒る凄惨な事件は、少なくとも途中で止められただろう。
もう、世界は止まらない。
イエロービッグバンまで、あと42分——。