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Fruit of Darkness☾ ポンコツAI、世界を救う?  作者: 木天蓼れもん
《1章:何もしない美食家AIスイ編》【スイーツコメディ】
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運命じゃない出会い

 ――ワタシは、鉄屑の中に埋もれていました。


 大粒の雨が、容赦なくボディを打ち付けます。

 でも、もう関係ありません。ワタシは、寿命を迎えたのですから。


 ドジでバカなワタシが、ここまで生きられたことが奇跡なんです。

 未練はありません。あるとすれば――


 もう少し、レモンパイが食べたかったなぁ……

 と、いうことです。


 甘い甘い、博士の作ったレモンパイ。

 胸の奥に、切なさと愛おしさが去来します。


 大好きだったよ、レモンパイ。

 ワタシの初恋は、レモンパイだった。


 ガシャッ……。


「——?」


 なんだろう、と。首を横に向けます。


 そこには、ワタシと同じジェムットさんが横たわっていました。

 瞳に生気はありません。


 完全に、壊れているんです。


 ボディにはヒビ。手足はおかしな方向に曲がり……

 お腹のコアは、抜き取られていました。


 ワタシには価値がないから、コアが盗られなかったのでしょう。

 だからこそ――ほんのわずかだけ、生き延びてしまったんです。


「こんなことなら、盗ってくれればよかったのに……」


 そうすれば、ワタシも世界の役に立てたのに。


 後悔は……ありません。

 この世界は、ワタシにはまだ早すぎました。


 後悔は、ありません。輪廻転生は、信じていません。

 後悔は――


 ワタシは、目の前のジェムットさんと手をつなぎました。


 きっと彼は、世界の役に立ったんだろうなぁ……。


 ワタシも、マスターに使役されて、立派に戦ってみたかったなぁ。

(カッコいいビームで、悪党を倒すのです!)


 ……でも、ワタシが破壊できるのは、冷蔵庫だけです。


【ふと、記憶の中のレモンが香りました ――】


 ダメだ――思い出すな!スイ!!


 ……搾りたてのレモンジュースを一気に飲み干したときの、

 あのエクスタシーも忘れません。


 博士は「パーツが酸化する」と、見え見えな嘘をついてました。


(……? 博士も、レモンジュースを狙ってた……?)


 死の間際、私は世界の真相に気づきました。


 でも――


 やっぱり、レモンパイが一番です。


「ワタシはレモンパイのために生まれてきたんだ……」


 魂がそっと、コアに囁いてきました。


「うっ……」


 違う。泣いてなんかいない。これは、海水だ。


 煤で穢れた手で目をこすり、そっと目を瞑りました。

 この目も、もう必要ありません。


 ガシャッ……


 また、音がしました。


 誰かが、がらくたに埋もれてるワタシの手を引きました。

 きっと、盗人さんでしょう。


「いっそのこと、抜き取ってくれ!」


 そう思いました。


「こりゃ大変だ?!」


「……」


 たたたたっ、と軽快な足音がします。


 そうでしょうね。ワタシのコアなんか、誰も欲しくない。


 中古ジェムショップでセールに並んでた、398ルクのジャンク品です。

 欲しいなら……どうぞ、ご自由に。


 ワタシは、盗人さんに身を任せました。


 しばらく、ただ、雨の音が響いていました。


「?」


 盗人さんは中々、手を付けませんでした。

 ワタシは薄っすらと、目を開きます。


 変質者かもしれません。

 乙女のピンチは、ジェムットも人間も同じなのです。


 濡れた視界の中に、ぼんやりと黒い影。

 黒髪の、人間です。


 ……なんですか? そのふざけた髪は。黒に銀すじすじ。

 〇二病ですか?


 絶対、スカしたポーズとかしないでくださいね。

(……顔も、ちょっとスケベそうですね?)


「あぁ、そういうことか……っ?!」


「?」


 盗人さんが急に、声をあげました。


「大したことないじゃないか……なんでこんなところで寝てるんだ……?」


 寝てるわけないでしょ。

 "あの世"に向かってるんです!


(ロクデナシ!!)


 心の中で叫びながら、ワタシは瞼を開けました。


 黒づくめの男が、ワタシのカラダを触ってました。


(やっぱり……変質者でした!!)


(この、スケベ人間。スケベ……ブラック!!)


 ワタシのチップがまた、更新されました。


「ひどいなこりゃ。どんだけ食えば、こんなに砂糖が詰まるんだ?」


「…………」


 黒髪の男は、しらじらしい言い訳をしてました。


≪内部温度、低下……、正常動作確認。省エネモード解除≫


 ピピピ……ッ。ウィーン……。


(あれ?)


 不思議です。どういうわけか――


「これで、よし!」


「……?」


「これで動くはずだぞ。どうだ?」


 不思議と、ワタシのカラダは少しだけ軽くなっていました。

 雨脚が弱まっただけかもしれません。


「もっと動くだろ?」


「ウゴキマセン」


 アンドロイドを舐めないでください。

 ワタシのチップは、異常個体は受け入れません。


「思い込みだって! お菓子の食い過ぎなんだよ。

 内部にお菓子が詰まってただけなんだって!」


(なんて……失礼な人なのでしょう!?)


 激しい怒りがこみ上げました。

 まるで私を、食欲だけのごく潰しジェムットみたいに!


「スケベブラック」


「は?」


「ウゴキマセン」


「なんかの呪文か、それ?」


「……」


「よし、俺はもう帰るぞ」


 男は急に、準備を始めました。


「中央区のジャンク屋に、俺の知り合いがいる。オレンジ看板の店だ」


「――奇人だが、面倒見のいい人だ。そこで、ロイに紹介されたと言えばいい」


 無責任な言葉を残して、スケベブラックは立ち去ろうとします。


 ワタシは、惑星ヒミコのように重い体を起こし――

 なんとか声を振り絞りました。


「ま、まてっ……!」


「ん?どうした?」


 さっきのジェムットさんが、ワタシを羨ましそうに見ています。


 ……そうだ、勇気を出せ。スイ!

 負けるな、権利を主張しろ!


 明日のレモンは、自分で勝ち取れ!!


「れ、レモンパイ……!」


「は?」


 ワタシの声は、虚しく雨に響きました。


 空がワタシの悲劇に、泣いてます。


「……んて、……い男なのでしょうっ」


 呆れて声が震えます。


 ワタシは、空を見上げました。

 乙女の告白を、聞き逃すなんて。


 一旦、深呼吸して――

 最後の願いを、紡ぎます。


「レモンパイ、食べさせてくれるなら――」


 ワタシは、ほんのすこしだけ視線を伏せました。


 がんばれ、スイ!

 負けるな、スイ!


 ……ちら、と。おスケベさんの顔を見ます。


(——いまなら、言える。……ゴクリ)


 ……


「あなたの、ジェムットになってあげてもいいです」


 そう言った瞬間、彼――修理屋ロイは小さく眉をひそめました。


「……は?」


 それが、ワタシと彼の運命の出会いでした。


 今思い出すと、恥ずかしいことも中にはあります。

 でも、仕方ありません。


 ……それも全部、博士の設計ミスなんですから。




挿絵(By みてみん)


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