第8話 感じる違和感
窓の外から差し込む淡い朝の光が、エリゼの瞼を優しく撫でた。微かな鳥のさえずりが、静かな朝の訪れを告げる。
「……ん……」
まどろみの中、エリゼはゆっくりと目を開いた。視界に映るのは、いつもと変わらない天井——のはずなのに、どこか違和感を覚える。
昨夜見た夢のせいだろうか。
母の姿。銀髪が陽光に輝き、優しい微笑みを浮かべていた。
けれど、その口から紡がれた言葉は、温もりとは程遠いものだった。
「(――私は帰れないわ。エリゼが私を探しに来るの。塔の一番上で待っているから。)」
夢だったはずなのに——まるで現実の出来事のような感触が残っている。
心臓の鼓動が、まだ少し速い。
「……塔って、何のことなの……?」
小さく呟き、天井を見つめる。
呼吸を整えながら、ゆっくりと起き上がると、窓の外には朝の清らかな風景が広がっていた。
青く澄んだ空、村の向こうにそびえる雄大な竜骨山。その頂には、今日向かう「竜神尾の石碑」がある。
神器を授かる日——。
本来ならば、心躍るはずの日だった。
けれど、今のエリゼの胸には、晴れやかな気持ちとはほど遠い、言いようのない不安が渦巻いていた。
母は本当に、夢の中で自分に語りかけたのか?
それとも、ただの夢?
いや、そんなはずはない。
あの声の温もりも、風の感触も、現実と寸分違わなかった。
思考を巡らせていると、ふいに部屋の扉が開いた。
「エリゼ、まだ寝ぼけてるの?」
ミレイアの優しくも少し呆れた声が響く。
エリゼははっとして、ベッドの上で軽く身じろぎした。
「あ……もうそんな時間?」
ミレイアは静かに歩み寄り、エリゼの髪を撫でるように整えながら微笑む。
「今日は大事な日なのよ。早く準備しないと、遅れるわ。」
そう言いながら、ミレイアは手際よくエリゼの枕元を片付け、身支度のための服を揃え始める。
エリゼはベッドから降り、ゆっくりと伸びをした。
けれど、まだ心の奥底に引っかかるものがある。
ミレイアはそんなエリゼの様子に気付き、ふと小首をかしげた。
「……何かあった?」
鋭い観察眼。エリゼの異変にすぐに気付いたミレイアの問いかけに、エリゼは少し迷った。
夢の話をするべきか——いや、今はまだいい。
「ううん、大丈夫。ちょっと寝ぼけてただけ。」
無理に笑みを作り、そう答える。
ミレイアは少しだけ怪訝そうな表情を見せたが、それ以上追及はせず、「じゃあ、顔を洗ってきて」と背中を押した。
エリゼは軽く頷き、まだ少し重い気持ちを抱えながら、静かに部屋を出た。