第6話 最高の晩餐
彼らの家は広場から少し離れた場所にあり、石造りの古くも頑丈な建物だった。扉を開けると、温かな空気が迎えてくれる。
「ただいまー!」
ラグナが元気よく声を上げ、エリゼとミレイアも続く。
しかし、家に入るなりエリゼはどっと疲れが押し寄せ、ソファに身を沈めた。
「はぁ…疲れた。ビーフシチュー作るの、やっぱりやめようかな。」
その一言に、ラグナの顔が一瞬で険しくなった。
「はぁ!?それは許されないだろ!」
「そうよエリゼ、せっかく約束したのに……」
ミレイアも不満そうに眉をひそめる。
「だって、疲れたんだもん……」
エリゼはソファの背もたれに寄りかかり、ぐったりとため息をつく。
「そんなこと言ったら、俺が荷物運び頑張った意味が全くなくなるだろ!」
ラグナが抗議するように腕を組み、じっとエリゼを睨みつけた。
「じゃあ、ラグナが作ってよ。」
エリゼが意地悪く提案すると、ラグナは即座に首を横に振る。
「いや、それは無理!料理は姉さんの方が得意だろ!」
ミレイアは困ったように微笑みながら、静かにエリゼの横に座った。
「私もラグナも、特別な明日を迎えるために、一番大好きなご飯を食べたいのよ。この世界でエリゼのビーフシチューより美味しいご飯なんてないもの。」
「え?なにもそこまでじゃ……」
エリゼは半信半疑の表情を浮かべたが、ミレイアは優しく続ける。
「明日は、アリエスさんも来るかもしれないし、今日ご飯を作ったらお母さんにアピール出来るじゃない?私もラグナも、昨日食べた美味しいビーフシチューの話、沢山するわ!」
「……むぅ。」
エリゼは少し唸ったが、ミレイアの巧みなおだてに気を良くし、渋々とソファから立ち上がった。
「もう……しょうがないなあ。でも、二人ともちゃんと手伝ってよ?」
「もちろん!」
ラグナとミレイアが嬉しそうに声を上げる。
二人の元気な返事に、エリゼはため息をつきながらも笑みを浮かべ、エプロンを手に取った。
キッチンに立つと、彼女の動きはすぐに機敏になった。まずは玉ねぎを取り出し、包丁を巧みに操りながら、滑らかに細かく刻んでいく。切るたびに、まな板の上でトントンと小気味よい音が響いた。
次にじゃがいもと人参を手早く洗い、皮を剥いて大きめにカットする。手慣れた様子でナイフを動かし、寸分の狂いもない大きさに揃えた。
「はい、次はお肉ね。」
エリゼは冷蔵庫から分厚い牛肉を取り出し、包丁で適度な大きさにカットすると、軽く塩と胡椒を振った。
「ミレイア、お鍋に油をひいて温めてくれる?」
「了解!」
ミレイアが鍋の火をつけると、エリゼは牛肉を投入し、香ばしい焼き色がつくまでじっくりと炒めていく。ジュウッと肉が焼ける音とともに、芳醇な香りが立ち込めた。
次に、炒めた牛肉を一度取り出し、玉ねぎを投入。木べらで優しくかき混ぜながら、じっくりと飴色になるまで炒めていく。
「いい感じね。じゃあ、野菜も入れて……」
じゃがいもと人参を鍋に加え、再び牛肉を戻す。全体に火が回ったところで、水をたっぷり注ぎ、鍋の中の食材がゆっくりと踊る。
「うーん、これこれ!この匂いだよな!」
ラグナが嬉しそうに鼻をクンクンさせると、エリゼは満足げに微笑んだ。
「まだ完成じゃないわよ。ここからじっくり煮込まないと。」
彼女は鍋の蓋を少しずらして被せ、火を弱めた。煮込む時間を利用して、サラダとパンも用意する。ミレイアは皿を並べ、ラグナはパンを温める役目を任された。
そして、しばらくして鍋の蓋を開けると、豊かな香りが部屋中に広がった。
「うん、いい感じ。最後にルーを入れて……」
エリゼがゆっくりとルーを溶かしながらかき混ぜ、シチューがとろみを帯びてくるのを確認した。
「できたわ!」
食卓にはエリゼ特製のビーフシチューと、温かみのある手作りの料理が並んでいた。
ラグナが目を輝かせながら歓声を上げる。
「ひゃー!美味しそう!」
エリゼはラグナにからかうような笑みを浮かべる。
「私の分まで荷物運びを頑張った甲斐があったでしょう?」
ラグナはぷいっと横を向いて反論する。
「それとこれとは別の話だよ!」
そんな二人のじゃれ合いを微笑ましく見守りながら、ミレイアはビーフシチューを一口すくって口に運んだ。
「美味しいわ!今日のはいつもよりさらに美味しい気がする!」
それを聞いたラグナが慌ててスプーンを握りしめる。
「ミレイア!抜け駆けはずるいぞ!」
「あなたたちの口喧嘩を待ってたら、せっかくのシチューが冷めちゃうでしょう?」
微笑みながら答えるミレイアに、ラグナは焦って姿勢を正し、一気に食べ進めた。
食事を終えたその夜、エリゼとミレイアは二人の寝室へと向かい、布団に入った。
「エリゼ、緊張してる?」
ミレイアが静かに問いかけると、エリゼは布団をぎゅっと握りしめながら小さく頷いた。
「明日のこと考えたら、ちょっとね……。神器、ちゃんと授かれるかな。」
「大丈夫よ。4人で毎日頑張ってきたじゃない。」
ミレイアはエリゼの手をそっと握りしめ、優しく微笑んだ。
「そうだよね……。ありがとう、ミレイア。」
エリゼは小さく息を吐き、やがて静かに目を閉じた。