第5話 夕暮れの絆
ミレイアは指先を器用に操りながら、鮮やかな花々を丁寧に編み込み、次々と美しい飾りを作り上げていく。その奥では、ラグナが額に汗をにじませながら、重い荷物を次々と運んでいた。逞しい腕で荷を持ち上げ、ひとつひとつ慎重に指定された場所へと運び込んでいく。
リュシオンは全体を見渡しながら、的確な指示を出し、準備が円滑に進むように段取りを整えていた。エリゼも最初は渋々と手伝っていたものの、次第に調子が出てきたのか、軽口を交えながら、リュシオンの指示に従って作業を進めていく。
「これで、大体の準備は整ったかな?」
リュシオンが広場全体を見渡しながら確認すると、その瞬間、ラグナは力尽きたように地面にどさりと寝転がり、大きく息を吐いた。
「もう無理。体がバラバラになりそうだ……お腹空いた。」
エリゼはそんなラグナを見下ろしながら、微笑を浮かべ、労いの言葉をかける。
「よく頑張ったわね、ラグナ!今日は私の特製ビーフシチューを作ってあげるわ!」
その言葉を聞いたミレイアは、嬉しそうに目を輝かせ、頷いた。
「エリゼのビーフシチュー、大好きなのよね!」
エリゼは誇らしげに微笑みながら、ふと空を仰いだ。
空は橙色に染まり、夕暮れの柔らかな光が広場を包み込んでいる。その視線の先、遠くの山の頂には「竜神尾の石碑」がうっすらと影を落としていた。
「ねえ、明日の神器を授かる儀式って、どんな感じになるのかしら。リュシオン、お父さんから何か聞いてる?」
エリゼの問いかけに、リュシオンは静かに首を横に振った。
「実は誰も詳しくは知らないんだ。竜神様から神器を授かるときには、竜騎士になる資格を持つ者しか『竜骨山』に入ることが許されていないし、神器の生成についても公言することは禁じられている。だから、毎回どんなふうに授かるのかは分からない。でも……いつもの鍛錬と同じように竜神様のもとへ行けば、神器を授けてくれるんじゃないかな?」
ミレイアは顎に指を当て、思案するように目を細めた。
「考えても分からないってことね……それなら、今日は早めに休んで、明日に備えるのが一番よね。」
その言葉に、三人は深く頷いた。エリゼはふとリュシオンに向き直り、明るい笑顔を浮かべる。
「ねえ、リュシオンもうちでご飯食べていかない?今日は私の特製ビーフシチューよ!」
しかし、リュシオンは申し訳なさそうに苦笑しながら首を振った。
「ごめん、今日は母さんがたくさんご飯を作って待ってるんだ。だから、三人で楽しんで食べて!」
それを聞いたラグナは、満面の笑みを浮かべ、拳を軽く突き上げた。
「よーし!今日はリュシオンの分まで食べるぞ!」
ミレイアはそんなラグナの食欲に苦笑しながらも、その場を締めくくった。
そして、夕焼けに染まる広場を後にし、エリゼ、ラグナ、ミレイアの三人は、それぞれの家へ向かって歩き出した。
エリゼ、ラグナ、ミレイアの三人は、同じ家で暮らしていた。彼らはこの集落の生まれではなく、15年前にアリエスによって赤子の姿でこの地へと連れてこられたのだった。
夕風が心地よく肌を撫でる中、三人は広場から家へと続く道を歩いていた。夕暮れの光が、彼らの影を長く伸ばしている。
「ねえ、お母さんは私たちに竜騎士になってほしいと思ったから、この集落に預けたのかな?」
エリゼがふと呟くと、ミレイアは少し考え込みながら答えた。
「集落の長から聞いた話では、エリゼとラグナの二人はアリエスさんの子供で、私は知り合いの子供ってことだったわね。でも、それ以上のことは、アリエスさんから言われていないから、集落に預けられた理由なんて誰も知らないわよね……。」
「ミレイアが知り合いの子って言われても、俺たち三人、ずっと同じ家で一緒に育ってきたし、家族みたいなものだよな。」
ラグナが笑いながら言うと、エリゼもにやりと笑って肩をすくめる。
「そうよね!ミレイアはお母さんからの手紙にもいつも『しっかり者』って書かれてるし、実質、私たちのお姉ちゃんよね!」
「あなた達と比べたら、まあお姉ちゃんでしょうね……」
ミレイアが半分呆れたような表情を浮かべると、ラグナが悪戯っぽく口を挟む。
「姉さんも俺も、あんまり細かいこと考えられないしな。ミレイアがいなかったら、とっくにこの村から追い出されてると思うぞ。」
ミレイアはため息をつきながらも、どこか楽しげだった。
15年前、アリエスが集落の長に三人を預けた日、それが彼女がこの地を訪れた最後の日となった。彼女は三人を育てるための資金として、大闘技大会で優勝した賞金のほとんどを集落に託した。しかし、その大金は明朝に集落の門前に、エリゼとラグナへの手紙とともに置かれており、実際に姿を見せることはなかった。
そのため、彼女の姿を実際に見たことがあるのは、当時、アリエスから子供を託されたリュシオンの父である集落の長と、その場に偶然居合わせた数名の村民のみだった。
エリゼとラグナにとってアリエスは、手紙やビデオの中の存在であり、顔を知らない母だった。
「会ってみたいよな。いつか、ちゃんと話してみたい。」
ラグナが静かに呟いた。
「そうね。大会三連覇以降、誰もアリエスさんの行方を知らないけれど、あれだけエリゼとラグナを愛しているアリエスさんが、何も言わずに消えるはずがないわ。……そうか!竜騎士になった日にサプライズで登場するとか!」
ミレイアが目を輝かせて微笑むと、エリゼとラグナはその名案に大きく頷いた。
「それ最高!竜騎士の神器を授かった瞬間に、『よく頑張ったわね!』って言って現れたりして!」
「それどころか、めちゃくちゃカッコいい竜に乗って降りてきたりするとか!」
ラグナが興奮気味に拳を握りしめると、エリゼも同じように目を輝かせた。
「きっと。私たちの成長を甘やかさずにずっと見守ってたんだよ!」
そんな二人の様子を見ながら、ミレイアは微笑ましそうに目を細めた。
三人は未来への期待を胸に、ご機嫌で家へと歩みを進めた。