第4話 竜神の村の幼馴染たち
村の広場へと向かう道すがら、エリゼは少し不安げな表情を浮かべながら、ミレイアにそっと囁いた。
「ねえ、竜神様って遠視の能力とか、持っていないよね?」
ミレイアは小さく首を傾げ、微笑みながら答えた。
「さあ、そこまでは分からないけれど……もしバレたら、『竜騎士のイメージトレーニングをしていました』って言い訳するしかないわね。」
軽やかな笑みを浮かべるミレイアとは対照的に、エリゼの顔にはさらに焦りの色が滲む。
「一日でも早く、お母さんみたいに闘技場で優勝したいのに……神器を授かるのが来年に延期になったら、耐えられないよ!」
その必死な様子に、ミレイアはからかうようにくすくすと笑いながら言った。
「じゃあ、サボっていた分を取り返せるように、しっかり頑張らないと。それに、優勝を目指すなら、まずは私に勝たないとね?」
エリゼは口を尖らせ、小さな声で反論する。
「私は大器晩成型だからね〜!そろそろビッグな成長が見えてくると思うんだよな〜。」
ミレイアは、そんなエリゼを愛おしげに見つめながら、柔らかい表情で応じた。
「あらあら、調子のいいこと。」
エリゼたちが暮らすこの集落は、山間にひっそりと佇む小さな村だ。古くから竜神の加護を信じる人々が住み、日々祈りを捧げながら生活を営んでいる。
村の中央広場には活気があふれ、色とりどりの布が風に舞い、屋台からは焼き菓子やスープ、香辛料の芳醇な香りが漂ってくる。広場を囲むように立ち並ぶ木造の家々は、赤や青の屋根瓦を戴き、それぞれの玄関先には竜神への祈りを捧げるための小さな石像が静かに鎮座していた。
集落の背後には、雄々しくそびえる「竜骨山」がある。
この山は竜神伝説の中心とされ、頂上には「竜神尾の石碑」と呼ばれる神聖な場が設けられている。この石碑の前で祈りを捧げることによって、最も早い者は16歳の誕生日に神器を授かることができると伝えられている。
竜騎士とは、かつてこの地を襲った魔獣や災厄から人々を守るため、竜神に選ばれた戦士であった。その存在は村内のみならず、外の世界においても神聖視されていた。
しかし、竜騎士となるためには、幼少期から十数年にわたり、「竜神尾の石碑」の前で過酷な鍛錬と祈りを積み重ねる必要があり、その道は決して容易なものではなかった。
時が流れ、現在の平和な世の中では、竜騎士を志す者は滅多にいなかった。
この伝統が色濃く残る集落でさえ、その道を選ぶのは限られた若者たちのみ。
同世代で4人同時に竜騎士を目指すことなど、この数百年間でも数える程しかなかった。
エリゼとミレイアが村の広場に足を踏み入れると、すでにラグナとリュシオンが忙しそうに働いているのが目に入った。
ラグナはエリゼの双子の弟で、黒みがかった赤髪を汗に濡らしながら、大きな木箱を軽々と持ち上げ、屋台の裏へと運んでいる。陽に焼けた肌と、たくましく引き締まった腕の筋肉が、その身体能力の高さを物語っていた。エリゼは少し口を尖らせた。
「弟なのに、私より力があるのがちょっと悔しいわよね。」
「姉さん、いい加減に働いてよ!俺、もうノルマの十個運び終わって、姉さんの分までやってるんだからね!?」
ラグナは嘆くようにエリゼに詰め寄る。その様子を見たミレイアと、作業中のリュシオンが苦笑しながら肩をすくめる。
リュシオンはこの集落の長の息子であり、エリゼ、ラグナ、ミレイアと同い年の幼馴染である。
柔らかな緑色の髪が風に揺れ、陽光を受けて優しく輝かせながら、広場の中心でテントの支柱を立てていた。落ち着いた表情で手際よく作業を進める姿に、ミレイアは感心したように声をかける。
「リュシオンがいてくれると、本当に助かるわ。エリゼとラグナの双子は手先が不器用だからね。」
リュシオンは振り返り、少し照れくさそうに微笑んだ。
「エリゼの場合、不器用という以前の問題だけどね。」
その言葉にエリゼが勢いよく詰め寄る。
「なに!?私はラグナと違って料理はできるんだからね!リュシオン、今度そのテントの建て方、私にも教えて!」
「はいはい。仕事が終わったらね。」
リュシオンの言葉に、エリゼは満面の笑みを浮かべた。
その無邪気な表情を見たリュシオンの頬がわずかに染まり、優しい眼差しを向ける。
その様子を見て、ミレイアは呆れたようにため息をついた。
「エリゼは何もしなくても、何とかなってしまうところが困りどころよね。」
ようやく四人が揃い、作業は一気に進み始めた。