第2話 仕掛けられた氷の罠
アリエスはアイシクルサイズをしっかりと構え、鋭い視線でガイルを捉えていた。
これまでの戦いでも彼の防御力は圧倒的だったが、それ以上に気になるのは、あの余裕のある態度だ。──彼がまだ本気を出していないことは明白だった。
「そうか、俺をただ防御力の高い壁だと思っているなら残念だったな。お前には特別に本当の力を見せてやろう。」
低く唸るような声とともに、ガイルは巨大な斧を地面に叩きつけた。その衝撃で凍り付いた地面が粉々に砕け、濃い砂煙が舞い上がる。
アリエスは瞬時に身構える。
次の瞬間、ガイルの巨体が観客の視界から消えた。
「……!?」
驚愕の表情を浮かべたアリエスは、すぐに後方へ飛び退こうとした。
しかし、その瞬間、鋭い殺気が背後から迫る。
「遅いな、小娘。」
冷たい声とともに、ガイルが彼女の背後に現れた。
その巨体からは到底想像もつかないほどの驚異的な速度。振り下ろされる巨大な斧の閃光が視界に映る。
アリエスはとっさに横へ飛び退くが、斧の衝撃で地面が砕け、破片が彼女を掠める。
観客席から悲鳴が上がる中、アリエスは距離を取りつつ冷静さを保とうとした。
「(あの巨体であれだけの速度…やはり、これまでの試合では手を抜いていたってことね。)」
アリエスは深く息を吸い込み、再びアイシクルサイズを構え直し、ガイルの高速移動に対処する術を考える。
だが、その思考の隙すら、ガイルは許さなかった。
闘技場に砂煙を巻き上げながら、まるで影のようにアリエスの周囲を駆け巡る巨体。次にどこに現れるのか、誰にも予測がつかない。
「どうした、小娘?ずっと立ち止まっているが、戦意を喪失したか?」
ガイルの挑発的な言葉が響く。
アリエスは鋭い斧撃を回避するのに全神経を集中させた。彼の攻撃は一撃でも受ければ致命傷になりかねない。
額にうっすらと汗を浮かべながら、周囲の状況を分析する。ガイルの動きが速いのは、体重を活かした独特の踏み込みと、鍛え抜かれた筋肉によるものだ。彼の移動するたびに残す大きな足跡。
──アリエスはそれを見逃さなかった。
「動きが速いことには感心だけど、動き自体は単調なようね。」
そう呟いた瞬間、アリエスは魔力を解放し、ガイルが次に踏み込むであろう地面に冷気を放つ。氷の魔力が染み込み、足元に白霜が広がっていく。
しかし、ガイルは勝利を確信した笑みをしていた。
「意外と頭は良くないんだな。」
その瞬間、アリエスの目がわずかに見開かれる。
ガイルはアリエスに高速移動のパターンを読ませ、魔力を発動する隙を狙っていたのだ。
ガイルはアリエス目掛けて突進し、その斧を大きく振りかぶる。
「あなたこそ、大振りな攻撃ではしゃいじゃって、可愛いところあるじゃない。」
アリエスは静かに笑みを浮かべながら、アリエスはアイシクルサイズを両手に持ち、魔力を解放した。アリエスの周囲に吹雪が吹くと、地表の砂が巻き上がり、そこには氷が広がっていた。
「お前……!」
ガイルは咄嗟に体制を立て直そうとしたが、既に時は遅かった。彼の巨体は既に、凍りついた地面で踏ん張る体勢を止められず、重心を失った彼は足元を滑らせ、大きくバランスを崩した。
「あなたが私の周りで元気よく走っている間に、私の周囲を氷漬けにしておいたの。砂埃で隠してくれて助かったわ。」
ガイルが叫ぶ間もなく、アリエスは次の一手を繰り出した。冷気の刃をガイルの鎧の隙間に何度も放つ。
「ぐあっ……!」
ガイルは苦悶の声を上げると同時に膝をつき、斧を支えに崩れ落ちた。鎧の亀裂から冷気が染み込み、彼の体は凍りついていく。
「これで……終わりね。あなたがしてくれた約束だけど、殺しはしないわ。」
アリエスはゆっくりと息を整え、深く祈るように目を閉じた。そして、最後の一手を繰り出す。
冷気がさらに強まり、闘技場全体を覆い尽くす。
「グレイシャル・バインド!」
静かに呟かれた言葉とともに、爆発的な冷気が放たれる。
氷の魔力が渦を巻き、ガイルの巨体を包み込むほど大きな氷の檻が、まるで生命を持つかのように彼を包み込む。
その氷の檻の中で、ガイルは、ついに完全に凍りついた。凍りついた姿のまま、微動だにしない。透き通った氷が太陽の光を反射し、幻想的な輝きを放つ。
観客席からはどよめきが広がった。目の前で繰り広げられた圧倒的な力の前に、誰もが言葉を失っていた。
そして──
高らかに鐘の音が鳴り響く。観客席は一瞬の静寂の後、歓声の嵐に包まれた。
「アリエスの勝利だ!」
立ち上がり、拳を突き上げる観客たち。彼女の名を叫ぶ声がこだまする。
アリエスは、静かに目を閉じたまま、深く息を吐いた。