第13話 炎を纏いし双子
竜神様は手を軽く振り、石碑の前へと進む。背中は丸まり、見た目はただの気さくな老人だが、彼の周囲には不思議な威厳が漂っていた。
「よいか、お前たち。」
竜神様は振り返り、エリゼたちを見渡す。
「神器というものは、ただの武器ではない。持ち主の魂そのものを映し出し、戦う意思を形にしたものじゃ。」
エリゼたちは真剣な表情で頷いた。
「授かる方法は単純じゃ。石碑の前に立ち、膝をつき、両手を前に差し出しながら祈るのじゃ。お前自身の身体、魂、力、すべてを一つの形に集約するように強く念じるのじゃ。」
「そうすれば……神器が生まれるの?」
エリゼが尋ねると、竜神様は頷いた。
「そうじゃ。神器の形は、その者にふさわしいものとなる。名前もまた、神器を目にした瞬間に、自然と頭に浮かぶものじゃ。」
「神器の形は自分で決められないのね。」
ミレイアが静かに呟くと、竜神様は笑った。
「その通りじゃ。神器とは、その者の本質を映し出すものじゃからな。」
リュシオンが腕を組み、考え込むように言った。
「それなら、神器の形を見れば、その人の本質が何となく分かるということか……。」
「まあ、そういうことじゃな。お前たちがどんな神器を生み出すか、ワシも楽しみにしておるぞ。」
竜神様は満足そうに頷くと、突然「さて」と言いながら、適当に指を動かした。
「では、最初にやるのは……エリゼ、お前じゃ。」
「えっ!? ちょっと待って、なんで私が最初なの!?」
驚きの声を上げるエリゼに、竜神様は「適当じゃ」と軽く答えた。
「そんな適当な決め方でいいの!?」
「いいのじゃ! 順番に意味などない! ほれ、早くせぬか!」
「くっ……。」
エリゼは渋々ながらも、石碑の前へと進む。
大きな石碑は、冷たい空気をまといながら、長い年月を静かに見守ってきたような威厳を放っていた。
エリゼはゆっくりと膝をつく。
周囲の空気が静まり返った。
深く息を吸い込み、両手を前に差し出す。
「……私の魂を、ひとつの形に……。」
心の中で呟きながら、目を閉じる。
神聖な静寂が辺りを包み込んでいた。
竜骨山の奥深く、天空へとそびえ立つ白銀の祭壇。その中央に、エリゼは立っている。
空気が澄み渡り、まるで世界が一瞬止まったかのように感じられる。
「エリゼよ――汝に選ばれし神器を授ける」
竜神様の厳かな声が響く。
エリゼは深く息を吸い、胸の前で差し出した手のひらをゆっくりと上に向け、意識を集中させる。次の瞬間――彼女の両手から、黄金色の光が溢れ出した。
その光は柔らかく、けれども圧倒的な存在感を持っていた。炎のように揺らめきながら、ゆっくりと形を成していく。やがて、それは一つの巨大な剣となり、彼女の手に収まった。
「――アグレイヴァス……」
脳裏に直接語りかけられるかのように、その名が浮かぶ。エリゼは思わず、無意識にその名を口にしていた。
神器――それは、まるで純粋な心がそのまま剣になったかのような美しい輝きを放っていた。刃全体が透き通った赤色の光を帯び、その周囲には清らかで整然とした炎が揺れている。それは猛々しく荒れ狂う炎ではなく、穏やかで、あたかも世界を浄化し優しく包み込むような聖なる炎だった。
「すっげえ……!」
最初に声を上げたのはラグナだった。興奮した様子でエリゼに駆け寄り、その大剣を食い入るように見つめる。
「姉さん!なんだよそれ……!めちゃくちゃカッコイイじゃねえか!」
彼の言葉に、エリゼは少し驚きながらも微笑んだ。ラグナが大興奮するのも無理はない。
――それほどまでに、《アグレイヴァス》は威厳と気品を兼ね備えた神器だった。
「……本当に綺麗だ」
静かに感嘆の声を漏らしたのはリュシオンだった。
「こんなにも透き通るような色は、見たことがない……」
普段は冷静なリュシオンが、わずかに感情を揺らがせているのを感じ、エリゼは少し驚いた。
「すごい……本当に神秘的ね」
ミレイアもまた、感動した様子でエリゼの手元を見つめていた。
エリゼは仲間たちの言葉を聞きながら、改めて自分の手にある神器を見つめた。
――思っていたのと違う。
幼い頃から、彼女の憧れは母の神器だった。冷たく鋭い氷の鎌。
あの美しくも冷厳な武器を、いつか自分も手にするのだと信じていた。しかし、今、彼女の手にあるのは、まったく異なる神器だった。
一瞬、胸の奥がざわめく。しかし、その感情はすぐに消え去った。
彼女はそっと剣を握り直す。
すると、炎が優しく揺らめき、まるでエリゼの想いに応えるように輝きを増した。
「……綺麗」
思わず、言葉がこぼれる。
これは、母と同じ武器ではない。
でも、確かに――これは、自分だけの剣なのだ。
エリゼの手に生まれた神器の神々しい炎がなおも煌めく中、竜神様が次の者を指名した。
「次は……ラグナ、お前じゃ。」
竜神様の声が響く。エリゼの神器に皆が感嘆していた中で、その言葉が新たな緊張を生み出した。
「よっしゃ、待ってました!」
ラグナは勢いよく前へ進むと、膝をつき、両手を差し出す。双子の姉であるエリゼの神器が、清らかな炎を纏う大剣だったのに対し、自分はどんな神器を授かるのか――期待と興奮が彼の胸を高鳴らせていた。
「さあ……俺の魂の形を見せてくれ!」
ラグナが強く念じたその瞬間、彼の両手から漆黒の炎が噴き上がった。
炎は激しく燃え上がり、荒々しく渦巻く。エリゼの《アグレイヴァス》のような整然とした輝きではない。
――それはまるで爆発の寸前のような、不安定で狂暴なエネルギーを秘めていた。
「――インファリング……」
脳裏にその名が浮かぶ。ラグナは噛み締めるようにその名を口にする。
神器――それは、まさしく戦槌の化身。巨大な鉄塊のような打撃部は、漆黒に覆われ、表面には禍々しい亀裂が走っている。そこから噴き出したのは、燃え盛る黒炎。紅蓮の中に深い闇を孕んだかのようなその炎は、圧倒的な破壊力を秘め、触れるものすべてを爆発させるような力を放っている。
「……すっげえ。」
興奮と歓喜が入り混じった声が漏れる。
ラグナは大興奮しながら、戦槌を振り上げた。黒炎が軌跡を描きながら揺らめき、その爆発的な熱が周囲に伝わる。
「すげえ……まるで火山の噴火みたいな力を感じる……。」
リュシオンが真剣な眼差しでラグナと《インファリング》を見つめた。
「その重量の武器はラグナにしか扱えないな。それにしても、すごい熱気だ……。」
ラグナは満面の笑みでリュシオンに振り返る。
「ははっ!だよな!俺にピッタリだ!」
ラグナは神器を軽く振る。
すると、黒炎が周囲に揺らめき、一瞬空気が震えるような衝撃が走った。
「うおっ!すげえ威力!」
「ちょっと、下手に振り回さないでよ!」
エリゼが慌てて叫ぶが、ラグナはすっかり神器に夢中になっている。
「これなら、どんな敵でもぶっ飛ばせるぜ!なあ、姉さん!」
「……まったく、調子に乗るのが早いわよ。明日からも修行だって言ったじゃない。」
そう言いながらも、エリゼはラグナの純粋な喜びに微笑みを浮かべる。
双子は顔を見合わせ、共に歓喜の声を上げた。
《アグレイヴァス》と《インファリング》
清らかで神聖な炎を纏う大剣と、荒々しく爆発的な炎を放つ戦槌。
それぞれの魂が映し出された神器が、二人の手にしっかりと握られていた。
「よし、次は誰だ?」
ラグナが意気揚々と竜神様を見上げる。
「ふむ、では……リュシオン、お前じゃ。」
新たな神器が生まれる瞬間を、皆が固唾を飲んで見守る。
――聖なる儀式は、まだ続いていた。