第1話 氷嵐 vs. 黒鉄、決戦の火花
太陽が雲間から顔を覗かせ、黄金色の光が闘技場全体を照らし出していた。その光は石造りの観客席を照らし、群衆の熱気をさらに高める。広大な闘技場の中央には、一人の女性が立っていた。
その名はアリエス―伝説の竜騎士と謳われ、今やこの大闘技大会で史上最大の栄光である大会3連覇を手にする可能性を持つ戦士だ。
観衆の歓声は雷鳴のように轟き、大地を震わせるほどだった。超満員の観客たちは立ち上がり、アリエスの名を叫び、彼女の動きを一瞬たりとも見逃すまいとしていた。
「アリエス!勝ってくれ!」
「ガイル、負けるなよ!俺の全財産が掛かってるんだ!」
歓声の中には、それぞれの戦士を応援する声が交じり合い、興奮と期待が渦巻いていた。
アリエスの登場はそれだけで観衆の心を鷲掴みにしていた。彼女の銀髪は陽光を浴びて輝き、風に流れるその様子はまるで冷気を纏っているようだった。
銀の仮面が顔の上半分を隠しているため、その素顔を見ることはできない。
しかし、仮面の下から覗く口元には余裕の笑みが浮かんでいた。
右手に握られた武器、「アイシクルサイズ」は竜神から授けられた鎌型の神器であり、その刃から立ち上る冷たい霧が見る者の背筋を凍らせるようだった。
観衆の熱狂をよそに、彼女は冷静に足元の地面を見つめていた。
土埃の匂い、風の流れ、そして無数の視線――それら全てを感じ取りながら、心の中は静けさに包まれていた。
そんなアリエスに一番強い視線を込める一人の少女がいた。彼女の名はエリゼ―アリエスの娘である。
「お母さん……!」
小さな声で呟いたその言葉は、大歓声の音にかき消された。彼女にとって、闘技場の中央に立つ母の姿は誰よりも大きく、そして輝かしく見えていた。
やがて、闘技場の反対側の扉が重々しく開かれると、観客の視線が一斉にそちらへ集中した。
低く唸るような歓声が波紋のように広がり、黒鉄の戦士がその巨体を現した。
「出たぞ!黒鉄の戦士ガイルだ!」
ガイルは巨体そのものだった。身長は二メートルを超え、全身を覆う黒鉄の鎧は日差しを受けて鈍い輝きを放っていた。右肩に担がれた巨大な斧は建造物のような威圧感を放ち、常人なら持ち上げることすら困難だろう。それを彼はまるで羽のように軽々と扱う。
ガイルの存在感は圧倒的であり、その鎧の隙間から漏れる低い呼吸音は、彼の威圧感をさらに際立たせていた。
これまでの試合で一度も防御を崩されたことがなく、その圧倒的な攻撃力で対戦相手を次々と粉砕してきた彼の名声は、恐怖そのものだった。
ガイルが闘技場の中央へとゆっくり歩を進めるたび、地面が微かに震えた。その姿を目の当たりにした観客たちは、息を飲むように彼を見つめた。
二人が闘技場の中央に立ち、ついに向き合う。
その瞬間、観客の歓声が一際大きくなり、会場全体を包み込んだ。
ガイルは肩に担いだ巨大な斧を地面に突き立て、冷ややかな笑みを浮かべた。
「おいおい、銀の仮面のお姉さん。そんな小さい鎌で俺を切るつもりかい?」
アリエスは涼しげな笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「ええ、そのつもりだったわ。でも、切らずに氷漬けにするだけでも事足りそうだわ。あまり期待しないでね。」
ガイルは大声で笑った。
「俺を氷漬け!?これは傑作だ!俺を笑わせてくれたお礼に、殺さないでおいてやるから、明日からは街のはずれでかき氷屋でもやっているといい!」
アリエスの涼し気な笑みは一貫していた。
「黒いかき氷だと、黒ゴマかイカ墨かしら。黒ゴマの方が人気出そうね。」
二人の軽妙なやり取りとは裏腹に、両者の纏う覇気は一層高まっていく。
試合開始の鐘が高らかに響き渡り、その音を合図に二人は同時に動き出した。
アリエスの足元から一瞬で冷気が広がり、地面が白く凍りつく。一方、ガイルは地響きを立てるような勢いで斧を振り下ろした。
闘技場は一瞬で緊張感と興奮の渦に包まれ、観客たちは息をするのも忘れるほど二人の戦いに見入っていた。
アリエスは風のような軽やかな動きでガイルとの距離を詰めた。その足元から広がる冷気が地面を凍らせ、闘技場全体を冷気の霧で覆い始める。観客席にいる者たちも、肌に刺さるような寒さを感じ始めた。
彼女の手には、鋭く輝く「アイシクルサイズ」が握られている。冷気を纏ったその刃は、斬るたびに白い霧を引き連れ、周囲の空気すら震わせるようだった。
「ごめんなさい、寒いわよね?」
アリエスは軽く言い放つと、一閃を放った。
刃の軌道が空を裂き、まるで氷嵐が生まれるかのような音が響いた。その一撃は鋭く、凍てついた刃がガイルの胸を狙う。
だが、ガイルはその巨大な斧を盾のように構えた。刃と斧がぶつかり合う瞬間、金属音とともに冷気が爆発し、氷の破片が辺り一面に飛び散る。観客席にまでその破片が届き、歓声と驚きの声が交じり合う。
「さすがは黒鉄の戦士だ!アリエスの氷の斬撃が通じない!」
観客席から誰かが叫んだ。
アリエスは一瞬だけ後方に跳び、再び距離を取る。ガイルはその場を動かず、斧を構えたまま低く笑った。
「それが全力か?口先でしか楽しませてくれないんだな。」
「あなたの斧、いいチョイスじゃない。」
アリエスは冷たく言い返すと、再び動き出した。
彼女の動きはさらに加速し、氷の刃が風を切り裂いてガイルに迫る。そのたびにガイルは斧を構え、防御に徹するが、その複数の方向から襲い掛かる斬撃がガイルにも伝わっていることは明らかだった。
冷気が闘技場を覆い尽くし、ガイルの鎧が徐々に白く凍り始める。
「面白くなってきたな。」
ガイルは不敵な笑みを浮かべ、斧を振り上げる。