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「ママはご飯食べないの?」


「うん、ママはお腹空いてないからいいの。キルトはいっぱい食べるのよ?」


「うん、わかった!」


「いい子。いっぱい食べて大きくなってね。」


「うん、早く大きくなってママを守ってあげるからね!」


 知ってか知らずか、息子はたまにこういった発言をする。子供ならよくあることなのかもしれないが、それでも私の胸には刺さってしまう。本来絶対的に守られるべきである対象に、そんなことを言わせてはならないのにという罪悪感にも似た感情だ。


 近頃、息子のためには何が最善なのだろうとよく考える。このまま夫の元で過ごせば、キルトはお金に苦労することもなく勉学に励み、ゆくゆくは跡を継いでストランド家の当主となるだろう。しかし私がキルトを連れて夫の元から逃げ出せば、もちろんそれは叶わない。私のせいで、この子の約束された未来を奪ってしまってもいいのだろうか。


 もしも夫がキルトにまで手を上げたり暴言を吐いたりするようなら、もちろんどんなことになろうとも全力で逃げているだろう。しかし、少なくとも現段階でそれはない。息子に対しては、至って普通の態度をとっていると言えるだろう。それなら私が1人我慢すればいいだけの話なのではないだろうか。私がこの状況に不満を持たず、夫にどんなことをされてもひたすら耐えてさえいれば、全ては丸く収まるのではないだろうか。そんなことを考えながら、食欲のないルレットはキルトが食事をしている様子をただただ隣で眺めていた。

 


 ――――

 


 夜になると、貴族たちの集まる社交の場が扉を開く。連日行われている舞踏会への参加は、基本的に初日と最終日にさえ顔を出せば後は自由となっているが、夫から付き添うように指示された日は私も出席しなければならない。そんなわけで、今日も新しいドレスとアクセサリーに身を包み、髪を結って会場に向かう。一体どれ程のお金をかけたのだろうか。毎日同じドレスを着るわけにはいかないとしても、アクセサリーまで全て揃えて変える必要はないのではないかと思ってしまうのは、私が貧乏貴族の出身だからだろうか。


 会場に着き、夫の腕に手を添えて中へ入る。流石にキルトは連日の参加は疲れるだろうと思い、離宮でギャザーに見てもらっている。夫からの指示がなければ私も残りたかったものだ。こうして来たところで、ずっと社交界に顔を出していなかった私に友達はおろか知り合いもおらず、夫がいなくなれば壁の花となるだけなのだから。


 夫はしばらくの間、着飾った私を連れ歩いたまま他の貴族と挨拶を交わし、まるで私が自分のものだと皆に見せびらかしているかのようだった。見栄えだけを意識した細く高いヒールで会場を歩き回っているうちに、段々と足も痛みを帯びてくる。しかしそんなことを伝えることもできずに、ただ我慢して夫の少し後ろをついて行く。


 そんな時、救世主が現れた。


「お姉様〜〜!!」


 こちらに向かって大きく手を振りながら駆けて来たのは、今日も一緒に刺繍をしていたシェル嬢。こんな場所でも変わらぬ態度とその可愛らしい顔を見て、少し安堵する。


「シェル嬢、ご機嫌よう。今日会うのは2回目ですね。」

 

「はい!知り合いがいなくてどうしようかと思っていたのですが、お姉様を見かけて安心しました…!」


「ふふ、私もです。……あなた、こちらが以前お話ししていたファブリック家のご令嬢、シェル嬢ですわ。」


「あっ!シェル・ファブリックです…!お姉様にはお世話になっていて……」


「貴方がシェル嬢でしたか。妻よりお話は聞いていましたよ。ダーツ・ストランドです。どうぞ、よろしく。」


「よろしくお願いします…!」


 そんな救世主シェル嬢の登場によって、夫のペースも少し崩される。ファブリック家は西の辺境伯。伯爵である夫よりも地位が高いため夫も無碍にはできない。


「ルレット、私は席を外すからシェル嬢と暫し休んでいてはどうかな?」

 

「はい、そうさせていただきます。」


 こうして私は夫から解放され、一時の安息を得る。足の痛みもそうだが、ずっと夫の隣では息が詰まっていたので助かった。


「お姉様…!今日は一段とお美しいですね!」


「ありがとう。シェル嬢もとても可愛らしいですよ。ドレスが髪色に合っていてよく似合っていますね。」


 ふわふわとした淡いピンク色の髪に、水色のドレスがよく映える。ふんわりと広がる花柄の可愛らしいデザインは、まだ若く初々しい彼女に良く合っている。


「お姉様にそう言われると嬉しいです…!」


 会場の隅の方にあるソファーに座り、2人で談笑する。女性2人でいるからか、先ほどからチラチラと無粋な視線を感じるが、シェル嬢は気づいていないようなのでそっとしておこう。そう思っていたのだが、そんな視線を向けていた中で2人の男が私たちに近づいて来た。


「こんにちは、お二人ともパートナーは?」


「……今は少し外していますの。」


「それでしたら、我々と踊りませんか?」


「申し訳ありませんが、少し疲れてしまって……また機会があればお願いしますね。」


「まあまあ、いいじゃないですかちょっとぐらい。」


 失礼にならないようにとやんわり断っていたのだが、それが男たちに勘違いを生んでしまったのか、思いの外しつこく誘ってくる。男たちはどうやら酔っている様子で、しまいには無理やりに手を取り強引な手段に出てきた。


「離してください……」


「君たちが一緒に来てくれるなら離すって。」


 そんな調子の酔っぱらいを相手にどう対処すればいいのか。自分より若いシェル嬢は守らなければなんてことを考えていると……


「離してくださいって言ってるのが分からないんですか?」


「えっ?……イテッ!?痛い痛い!!待って!!」


 シェル嬢は私の腕を掴んでいた男の腕を掴むと、いとも簡単に私から引き剥がす。守らなければと思っていたのに、逆に私が守られてしまった。そういえばシェル嬢は剣術を嗜んでいるとか言っていたっけ。それにしても力で男に勝つなんてなかなかの才能ではないだろうか。もちろん本人の努力あってこそのものだろうが、その強さが今はひどく羨ましい。


「……酔いは冷めましたか?」


「ちっ……女のくせに調子に乗りやがって。」


「おや、調子に乗っているのはどちらでしょうか?」


「お父様…!!」


 そんな時現れたのは、シェル嬢の父である辺境伯。シェル嬢のお父上は大きく逞しい身体をしており、ふわふわと可愛らしい見た目のシェル嬢とは違い誰が見ても強そうに見える風貌をしていた。そんな人を見て流石に私たちに絡んでいた男たちも酔いが覚めたのか、そそくさと逃げ帰って行った。


「全く、けしからん奴らだ。どこの家の者か後で調べておかねば。お嬢さんも大丈夫でしたか?」


「はい、ありがとうございました。」


「お父様!こちらがルレットお姉様よ!」


「あぁ!これはこれは、娘がお世話になっているようで……」


「いえいえ、こちらこそ……」


 そうしてルレット嬢とそのお父上と話しているうちに、夫が迎えにやって来た。いくら男性と言えども、ルレット嬢の父で西の辺境伯ともなれば夫も文句は言わないだろう。夫とファブリック伯は軽く挨拶を交わし、私たちは会場を後にした。

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