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「褒美の内容はソーイングクイーンに決めていただくわ。私に与えられるものなら宝石でも土地でもなんでもいいわよ。」

 

 王妃様のその言葉が頭の中で反響する。これは私が待ち続けていたチャンスではないだろうか。貴族間の離縁は、通常男性側からの申し出で行われることが多い。例えば妻が不妊であったり病気であったりして、後継者を望めない場合などにだ。逆に妻からの訴えで離縁が成立するケースはまず無いと言っていいだろう。


 そのため、この王妃様から与えられる褒美というのはチャンスなのだ。上手くいけば夫と離縁して、息子と一緒にあの屋敷から出ていくことも可能かもしれない。それが無理だとしても、財宝を貰いそれを売りながら息子を抱えて逃げるという手もある。どちらにせよ、王妃様に1番と認められる作品を作り、何としてでもソーイングクイーンに輝かなければならない。


「あの、すみません……えっと……」


 褒美と言う言葉を聞きざわつく会場の中で、1人おどおどと周りを見回しているデビュタントを終えたばかりのような若い令嬢が声をかけてきた。


「初めまして、ルレット・ストランドです。」


「ルレット嬢ですね…!初めまして、私はシェル・ファブリックと申します。」


 ファブリック家と言えば、たしか西の辺境伯ではなかっただろうか。この年若いご令嬢も、きっと慣れない場で不安になり声をかけて来たのであろう。かつての自分や幼い息子の姿と重なり、何だか助けてあげたくなる。


「あの……ルレット嬢は刺繍はお得意ですか……?」

 

「得意というほどでは無いかもしれませんが、人並みにはできると思いますよ。」


「本当ですか!あの……実は私、刺繍が大の苦手で……」


「そうなんですね。」


「お父様からも剣ばかり振り回していないで、もっと淑女らしいこともしなさいと言われてはいるのですが……」


 この小さく可愛らしい見た目からは想像も出来ない剣という言葉に驚くと同時に、少しの羨ましさも感じた。


「シェル嬢は剣術を嗜まれているのですか?」


「あっ……変ですよね……女なのに……」


「いいえ、そんなことはありません。自分の好きなことで、それが出来る環境があるならやるべきです。」


「……!ありがとうございます。そんなことを家族以外から言われるのは初めてで……あっ!それでお願いがあるのですが……」


「もしかして、刺繍の指南でしょうか?」


「はい…!」


「私でよければお引き受けしたいのですが……」


「本当ですか!?」


 しかし、私だけでそれを決めることは出来ない。個人的なことと言えども、私に関する全ての決定権は私ではなく夫にあるからだ。勝手なことをすれば何と言われるか、何をされるかもわからない。それでも、かつての自分を見るかのようで、目の前の初々しい令嬢を放っておくことは出来なかった。


「一旦夫に許可を取ってからでもよろしいでしょうか?明日にはお返事をお伝えしますので……」


「夫……」


「えぇ……私、令嬢なんて呼ばれる歳ではありませんの。結婚していて夫と子供がいるんです。」


「……!そうだったんですね!それは失礼しました…!!」


「いえ、そんなに謝ることでは……それで、刺繍の件は明日までお待ちいただいても大丈夫でしょうか?」


「はい、もちろんです!ありがとうございます!……そうだ!では、何とお呼びしましょう!?ストランド夫人…?ルレット様…?」


「ふふ、お好きなように呼んでくださって構いませんよ。」


 もし妹がいたらこんな感じなのだろうか。自分より年若い令嬢とは今まであまり関わりがなかったため、なんだか新鮮で可愛らしく感じる。母親の違う弟はいるが、私はメイドの子として使用人のように暮らし、弟は後継者として、義母の実の子として大層可愛がられて過ごしていた。そのため、あまり接点もなく、たまに顔を合わせたとしても軽蔑と嘲笑の入り混じったような目で見られるだけだった。


 そうしてシェルはしばしの間真剣な表情で頭を悩ませ、何か閃いたような顔をしたかと思えばルレットに向かってこう言った。


「……で、では、お姉様と呼ばせていただいてもいいですか?」


 もちろん、こんなに可愛らしい子にお姉様と呼ばれて嫌なはずもない。それから私たちは、刺繍の指南が出来るかの返事も含めて、明日のこの時間に再度集まる約束をした。

 


 ――――


 

「――と言うわけで、ファブリック家のご令嬢に刺繍の指南を頼まれたのですが……よろしいでしょうか?」


「あぁ、西の辺境伯か。それなら仲良くしておいて損はないな。今回は女性だけということだし特別に許可しよう。但し出かける際は必ずメイドを連れて行け。」


「かしこまりました。」


 こうして些細な約束事でさえも、いちいち夫に許可を取らなければならない。今日のお茶会でさえも、監視の為にメイドがついて来ていた。王妃様からの褒美の件も、私がわざわざ言わなくてもその内夫の耳に入ることだろう。それならいっそ、何でもないことのように自分の口から伝えた方が良いのではないだろうか。


「……そういえば、今回の刺繍コンテストでは優勝者に褒美が出るそうですよ。」


「ほう……宝石か?それとも王家の財宝か?」


「何でも優勝者が好きに決められるのだとか……」


「それは良いな。まあお前じゃ優勝なんて到底無理だろうが。」


「えぇ、そうですね……」


 夫は私の刺繍の腕前がどの程度のものかなんてことは知りもしないし、興味もない。私に求められているのはただ人形のように美しくいることだけ。それ以外はどうでもいいのだ。しかし今回はそれが功を奏した。最初から期待されていなければ、私がこの褒美を狙っているなんて気づきもしないだろうから。

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