喫茶店にて③
「フン、先日の会議でも似た話題があがったな。
最近の新人冒険者は、すぐに辞める奴が増えているという、卯月からの報告だ」
狼山は腕を組み、大きく息を吐きながら言った。
それを聞いた美濃原は、軽く首を振る。
「数が増えれば、根性無しも増える。
放っておけばいい、とお前と狗藤は言った」
「それは、サークル臨時を知らなかったからだ。
内情が少しでも見えれば、意見も変わる。出来る事はやるべきだ」
「だが、どうする。
基本方針は、直接干渉せず、冒険者の自主的な判断に任せる、だろう」
どうやら雨木の話が刺激したらしく、
国家公務員に見えない上級公務員の二人は、喫茶店の席で活発に意見を交わし始めた。
腕組み、睨み合い、低い声。
雨木には、ほとんどヤクザの口論にしか見えない。
それなのに、内容だけは妙に真っ当で、冒険者の将来を考えた建設的な話に聞こえるのが、不思議だった。
理解は出来る。
だが、完全に蚊帳の外だ。
また居心地の悪さが戻ってくる。
「……まぁいい。この件は持ち帰りだ」
決着は付かなかったらしく、美濃原がそう言った。
「良いだろう。次の会議でもう一度だ」
狼山も頷く。
それを聞いて、雨木は内心で思う。
面倒くさいな、こいつら。自分のいないところでやれよと。
「そういえば、珈琲だけか」
狼山がふと思い出したように言った。
「小僧、情報料代わりだ。話の礼に、ここは俺が持とう。
好きなものを頼んでいいぞ」
「好きなもの、って言われてもなぁ」
そう言われても、雨木は喫茶店で出てくるような食べ物をあまり好まない。
店主が元警察官僚だと聞いた今は、なおさらだった。
知らないおっさんの趣味全開料理を食わされるくらいなら、ファミレスで食べたい。
雨木楓真は、そう考える男でもある。
それでも、悩む素振りくらいは見せる。
それくらいの社交性は、最低限持っている。
メニューを取ろうと、手を伸ばした。
だが、その手は岩のようにゴツい手に遮られた。
「悩むならカレーにしておけ。ここのカレーは美味いぞ」
「そうだな。せっかくだ、カツカレーだ。大盛りで持って来てくれ」
狼山だけでなく、美濃原まで乗ってくる。
断る前に、注文は確定した。
「いや、俺はカレーは……」
「何だ、嫌いか。珍しいな」
「嫌いじゃないけど。
カレーって、ほぼ炭水化物じゃん。
ダンジョンに入る日以外は、控えてるんだけど」
このカレーとは、間違いなくライスだろう。
しかも大盛りで、カツが乗るらしい。
雨木は揚げ物も、滅多に口にしない生活をしている。
カレー自体は嫌いではないが、特別好きというわけでもない。
ご飯を食べ過ぎてしまうから、なるべく避けているだけだ。
三十を過ぎてから、太りやすくなった。
体重管理を考えると、遠慮したいのが本音だ。
「……まぁでも、今日は柔道したし、いいか。
遠慮なく、ご馳走になりますよ」
空気を読んで、そう言った。
おっさんになると、若いヤツには食わせたがるものだ。
雨木は、自分がとっくにおっさんだという自覚はある。
あるが、もっと歳上の二人の顔を立てて、諦めることにした。
店主自慢の特製カレーは、思いのほか美味かった。
だが、それを素直に伝えたせいで、もう一杯食べさせられる流れになる。
帰って体重計に乗った雨木は、酷く後悔する。
が、それは、また別の話だ。
★☆
「そういえば、実際のところはどうなんだ?」
「どう、とは?」
二杯目のカツカレーを、綺麗に平らげた雨木。
それを見て満足そうに頷く狼山と店主、そして美濃原。
その美濃原が、ふと思い出したように尋ねてきた。
「橘だ。『橘 維心』
内心では、憧れている部分もあるのか?」
橘 維心。
深淵十二紋の第八の座に就く男。
単独で十九階層を突破した実績は、日本だけでなく、世界的に見ても稀な記録だ。
憧れて冒険者になる者は多い。
お前もその一人なのかと、美濃原は問うている。
「んー、凄いとは思ってるけど。
別に憧れてはいないかな。上手く言えないけど……」
何と答えるのが正解なのか、雨木にはよく分からない。
ダンジョン省と、旧残照八座。
両者の関係が良くない事は、目の前の美濃原から聞いている。
だからといって、悪しざまに言うのも違う。
かといって、持ち上げるのも違う。
言った通りだ。
凄いとは思うが、それだけだった。
「あー、なんか漫画であったな。
あれだと思うよ。
『憧れは、理解から最も遠い感情だ』ってやつ。なんだっけ」
台詞自体は、雨木もよく覚えていた。
だが、作品名がすぐに出てこない。
それが少しだけ気持ち悪い。
「ブリーチか」
「あぁ、ブリーチだな。藍染惣右介の台詞だ」
即答だった。
なんだこのおっさんら、と雨木は思うがそれは口に出さなかった。
「漫画も押さえてるのかよ。守備範囲が広いなおっさんら」
「馬鹿もの。ブリーチは基本だろう」
「世代的に、俺たちは少年ジャンプを読んで育ったようなもんだからな」
何が基本なのかは、雨木にはよく分からなかった。
だが、ここは突っ込まない方が良い気がした。
なので、話題を変えることにした。
「昔から、あんまり憧れって持たないんだよね。
例えば大谷翔平が大活躍してる。
ニュースを見れば素直に嬉しいし、応援もしてる。
でも、それが全チャンネルで流れてると、なんか醒めて見えちゃう感じ」
少し考えてから、言葉を続ける。
「分かる?
野球も大谷さんも嫌いじゃない。
でも、そこまで熱くなる気持ちが、他の何に対しても薄いんだよね、俺」
冒険者は、雨木にとって金を稼ぐ手段だ。
深淵十二紋というトップランナーも。
先を行く先輩冒険者も。
目の前にいるダンジョン省の最高幹部でさえも。
どこか一歩引いた、醒めた目で見ている。
「だから、橘 維心が単独でダンジョンを進むやり方は知りたい。
とは思ってるけど。
橘 維心みたいになりたい、とは思ってないよ」
「くはははっ。
俺の知ってる冒険者にそんなこと言ったら、袋叩きにされるぞ」
狼山は、豪快に笑った。
「特に女だ。
女性冒険者には、橘に憧れて、近付きたくて冒険者になる奴もいると聞く。
人前では、あまり言わないことだな」
その言葉を聞いて、
なんか橘 維心が嫌いになってきたな、と雨木は思った。
だが、それは口に出さず。
「……気を付ける」
とだけ答えた。
その後しばらく、三人はブリーチの話で盛り上がった。
会議でもなく、仕事でもない。
それでも、奇妙に印象に残る時間だった。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを利用して調整しています。




