喫茶店にて①
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを利用して調整しています。
都内の外れ、柔道場から少し歩いた場所にある小さな喫茶店。
店内にはコーヒーの香りと、落ち着いた静けさだけが漂っている。
その一角で、雨木楓真はブラックコーヒーを口に運びながら、
まだ残る背中の痛みに小さく顔をしかめていた。
「痛むか。受け身が甘い証拠だな。
もっとも、学校の授業程度しかやっていないなら、今日は上出来だ」
向かいの席には、美濃原道三。
柔道場で見せていた無表情のまま、コーヒーカップを手にしている。
「分かってるよ。
それを承知で頼んだのは俺だし。文句を言う気はないよ」
「そうか」
「……まぁ、言いたいことがあるとすれば一つだけ」
「言ってみろ」
「入口の札、準備中だったけど。
入って大丈夫なの?」
柔道場で散々投げられ続けたあと、連れられてこの店に来た。
美濃原が当たり前のように店のドアを開けて入ったので、
雨木も続いて入ったが、ドアに掛けられた札は、確かに準備中だった。
「問題ない。
ここの店主は元警察官僚だ。親が亡くなって、この店を継いだ。
俺たちが来る日は、貸し切りにしてくれている。それだけだ」
美濃原は一瞬だけ視線を上げ、
それから何でもないことのように言った。
貸し切り。
店主の素性。
当たり前のように通る注文。
出された珈琲。
雨木は、少しだけ居心地の悪さを覚える。
そのとき、扉が開き、鈴の音が静かに鳴った。
反射的に顔を向けた雨木の視界に入ったのは、
先ほど、自分を何度も畳に叩きつけた、岩のような男だった。
男は周囲を一瞥すると、そのまま真っ直ぐこちらへ来る。
美濃原の横の椅子を引き、当然のように腰を下ろした。
「待たせたか。
休みだってのに、電話が鳴り止まなくてな。
どいつもこいつも、遠慮ってものを知らん」
「今さらだな」
美濃原が淡々と返す。
「ダンジョンがある限り、俺たちの仕事は終わらん。諦めろ」
店主が無言で現れ、男の前にコーヒーを置いた。
そのやり取りが、あまりに自然だった。
そのせいで、雨木の居心地はさらに悪くなる。
自分を何度も畳に叩きつけた男が、
今は当たり前の顔で、同じテーブルに座っている。
ため息を一つ。
雨木は、素直に問いかける。
「で、誰なんですか。
そろそろ教えて欲しいんですけど」
問いかけられて、美濃原は細い目をわずかに見開いた。
「なんだ。説明していなかったか。
相変わらず、意地が悪い」
そう言って、岩のような男がくくっと笑い、珈琲を一口飲む。
「教えただろ。
俺と一緒に、特殊空間管理省を牛耳っていた政治家の息子を追い出した。
その一人だ」
その言葉で、美濃原から以前聞かされた話が、雨木の中で繋がった。
特殊空間管理省が、まだ庁だった頃。
トップに立っていたのは、某政治家の息子。
次期首相候補として名の挙がる政治家の、その息子だったという話。
庁を私物化し、その功績を持って親の地盤を引き継ぐつもりだっただろう。
それを阻んだのが、美濃原と、その同期の幹部たち。
その同期が、今はダンジョン省では四天王と呼ばれている。
雨木は他の三人の名前と特徴は、美濃原から聞いていた。
卯月、狗藤。
そして、目の前の男の特徴に当てはまる名は――。
「……狼山さん、で合ってます?」
「くくくっ。
いちいち名を名乗らなくても、相手の目星くらい付けておけ。
でなければ、生き残れんぞ」
そう言って、男は笑う。
「正解だ、小僧。
糞生意気だと聞いていたが、最低限の礼儀は持っているようだな」
「糞生意気……ね。ふーん?」
たぶん、美濃原と初めて会った日の話だろう。
よく考えると黒歴史だ。
そう思って視線を向けるが、美濃原は素知らぬ顔で珈琲の香りを楽しんでいた。
その姿に少しだけ、腹が立った。
だが同時に、思う。
出会った相手が、必ず名を名乗るとは限らない。
名刺交換から始まる生活は、もう終わった。
そのことを、改めて実感する。
そして、自分はまだ未熟だと、
雨木は小さく反省した。
「くくくっ。柔道を経験したいと頼んだそうだな」
「……ですね。
無職のうちに、色々やっておこうと思いまして」
「それも正解だ、小僧。
柔道経験者は多い。警官、自衛隊員の中にもいるし、冒険者にもいる。
知らずに戦って、受け身も取れんのでは話にならん」
美濃原が、静かに言葉を継ぐ。
「狼山は、冒険者が問題を起こした時の対策チームの担当でもある。
おまえの話を聞いておきたいそうだ。
……念のため、な」
「役に立つかどうかは、こっちが決めるが」
狼山が続ける。
「新人の意見を聞く機会は、そう多くない。
せっかくだ。なんでもいい、冒険者になって思ったことを一つ、聞かせろ」
どうやら今日、狼山がここに来たのは、偶然ではなかったらしい。
少し面倒だなと思いつつも、雨木は二人の視線を正面から受け止める。
冒険者は、いずれ対人が重要になる。
それが雨木の直感だ。
空手の経験者である雨木には、分かっている。
攻撃の練習は、独りでも出来る。
だが防御の練習は、相手が要る。
独りでは出来ない。
そして、対人戦では、
その防御こそが、勝敗を分ける。
だから雨木は、助力を求めた。
美濃原受け取った答えがこれなら、
受け入れるしかないとも思っている。
「あー……サークル臨時ってやつに参加して、思ったんですけど」




