花を買う理由
雨木の冒険者一年目は、七月の中旬に差し掛かろうとしていた。
美濃原と酒を飲んで以降は、取り立てて特筆するようなこともなく、ほとんどがルーティンで過ぎている。
何も無い日は午前中にジムで筋トレをして、午後はTOEICの勉強と調べ物をする。
三日に一度はゴブリンダンジョンに潜り、生活費を稼ぐ。
そうやって日々を過ごしていた。
その生活の中で、少しだけ変わったこともある。
部屋に、生活空間の中に、花をいけるようになった。
これまでの雨木は、花や菜園の類に興味が無かった。
部屋にも必要以上の物を置かないよう心掛けてきた。
生活費が潤沢ではないこともあるが、借り暮らしであることが大きい。
常にいつか引っ越すことを前提にして、身軽でいるようにしていた。
そんな雨木が花を部屋に飾るようになったことには、理由がある。
モンスターカード『リフェリア』を手に入れたことだ。
それでゴブリンダンジョンの攻略は順調になっている。
現在の最高到達階層は九階層。
射程を持つアーチャーゴブリンが現れるようになり、少しだけ手間取っている。
だが階層が更新されるたび、実入りは目に見えて良くなっている。
三日に一度の三階層の小ボス。
五日に一度の五階層のボス部屋。
八日に一度の八階層の中ボス。
そうした攻略のリズムも少しずつ組み替えられ、そのたびに新しい発見があった。
それが雨木を、静かに強くしている。
モンスターカード『リフェリア』のおかげで。
そのリフェリアは、いまだに分からないことだらけだった。
ダンジョンも、モンスターカードも、仕組みはほとんど解明されていない。
カードを手に入れて数日後、リフェリアは雨木の家で突然顕在化した。
以降、そこが拠点だとでも認識したのか、自宅に戻るたび勝手に現れて飛び回っている。
外に出る時は、自分でカードに戻るらしく、記録書の中に収まって付いてくる。
そのリフェリアが要求するので、毎日花屋で切り花を買うのが日課になった。
毎日違う花を部屋に飾ることを、しつこいほど求めてくる。
その花は、ただの飾りではない。
リフェリアは花に近づくと、薄い羽音を立てながら花弁の奥に潜り込み、蜜を吸うような仕草を見せる。
吸い上げられた蜜は、肉眼では分からないほどの光となって、リフェリアの羽の紋様に溶けていった。
どうやらリフェリアにとって、花はエサらしい。
どの種類でもいいわけではないらしく、昨日と同じ花を出すと不機嫌になる。
そのため雨木は、毎日違う花を選ぶ必要があった。
結果として、雨木はほぼ毎日花屋に通うことになった。
駅から離れた中堅どころの店で、売り場も広く、切り花の種類も多い。
最初のうちはただの客だったが、三日も続けて通えばさすがに覚えられる。
一週間もすれば、顔も買い方も把握される。
一度に買うのは、一輪か二輪。
それを毎日違う種類で選ぶという妙な客だ。
「今日は何にします?」
「昨日はあれでしたよね」
店に入ると、店員たちが先を競うように声をかけてくる。
冒険者としての顔ではなく、ただの生活者として認識される感覚が、妙にむず痒い。
「昨日は白だったから、今日は色のあるやつ、二輪選んでもらえますか?」
「じゃあ、ガーベラとアルストロメリアにしましょうか」
手際よく包まれる二輪の花を見ながら、雨木は小さく息を吐いた。
この店に来るたび、ダンジョンとは別の世界に引き戻される気がする。
それでも花は必要だった。
部屋に戻れば、リフェリアが当然のようにそれを待っている。
羽を震わせながら蜜を吸い、満足げに漂うその姿は、戦闘用のカードとは思えないほど牧歌的だった。
だがそれが、ゴブリンダンジョンを九階層まで押し上げた力の正体でもある。
雨木はその事実を、まだ誰にも話していない。
そして変わらないこともある。
ダンジョンへの誘いだ。
深入りしない返事を続けているにも関わらず、コメットからは毎日のようにメールが届く。
サークルの姫と化したコメットと、雨木は関わりたいとは思えない。
だが、肉ダンジョン臨時の〝相互〟の約束がまだ残っている。
雨木が肉ダンジョンの予約が取れるまで、関係は絶てない。
(こんなことなら美濃原のおっさんに、予約の優遇が出来ないか聞いておけばよかった)
その美濃原は、雨木が見せたノートに書かれた提案を参考に、精力的に動いているらしい。
そのうち。
ダンジョン省が呼んだ税理士による、冒険者の為の税金と節税の講座。
引退した冒険者による、マッピングの基本技術講座。
この二件を行えそうだと連絡が来ている。
「提案者として、お前も参加しろ。
そして感想を忖度せず、言え」
という言葉と共に。
「それは仕方が無いね」と雨木は了承している。
無駄だと思っていた提案が、形になることもあるらしい。
そして面倒な連絡をしてくる相手は、もう一人増えていた。
最初にサークル臨時に一緒に行った、カナタだ。
「どうやらあの時チヤホヤしてきた女の一部と組んでるみたいだけど、
……いくら何でも、都合良すぎだろうよ」
あの日、現地で自然と離れた。
それ以降、何の連絡もなかった男が。
『どうしてる? 元気か?』から始まった連絡は、
『あれだったら仲間に入れてやろうか?』という上から目線のものになった。
当たり障りのない返事を返しても、それが定期的に届く。
「別にサークル臨時になんか混ぜてもらわなくても、稼げてるんだけどな」
とはいえ、それをそのまま伝える気にはならない。
カナタともまた、〝相互〟の約束が残っている。
コメットとカナタ。
どちらともに、当たり障りのないお断りの返答をしながら、雨木は過ごしていた。
だがその誘いは、日が経つにつれて激しくなっていった。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助利用しています。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ブックマークやいいね、本当に励みになっています。
本作は明日もう一話更新したあと、更新ペースを少し落とします。
確定申告の準備で時間を取られるため、
ここからはまた週末更新を目安にしたペースに戻します。
原稿のストックがある程度たまれば、連続投稿も再開したいと考えています。
会計士さんにお願いしているので作業が完全に止まるわけではありませんが、
提出までの確認や整理に少し集中したい時期になります。
進み具合にもよりますが、可能であれば週末に更新します。
それが難しい場合でも、長く間が空くことはありません。
現在も執筆自体は進めていますので、生活のリズムが整い次第、
また連続投稿を含めた形で続けていきます。
引き続き、雨木とリフェリアの行く先を楽しみにしていただけたら嬉しいです。
再開の際には、またお付き合いいただければ幸いです。




