高級料亭にて②
「忠告しておく。
その手の話を持ち込まれても、絶対に乗るな。
イージス端末での取引は止めているが、個人間でやろうとする馬鹿はいくらでも出てくる。
だが、成功した例は一つもない。
なのに詐欺に遭ったと泣きついてくる冒険者の話は腐るほどある」
美濃原はそう言って、お銚子を卓に置いた。
小さな音だったが、酒席の空気をわずかに引き締める。
「例えばこんな話もある。
ダンジョンの外で、力づくでモンスターカードを奪おうとした冒険者がいた。
だが奪えなかった。
奪ったはずのカードは、無地のカードだったそうだ」
「……ん?
奪った奴が、それを言ったの?」
雨木は眉をひそめる。
話の筋が、どうにも飲み込みにくかった。
「笑うだろ。
自分は詐欺にあった被害者だと、そう報告してきたらしい。
調べてみたら、奪われた側は集中治療室にいた。
それでも、正当な取引で騙されたんだと主張してきたそうだ」
「……笑えるか、それ?」
雨木は苦笑いを浮かべながら盃を持ち上げた。
中身を口に含んでも、さっきより酒が苦く感じる。
雨木の《レコルド》には、そのモンスターカードがある。
これからは、ダンジョンの外でも、より一層気を付けなければならない。
そして呪いについても、何となくだが理解が出来た。
自分の仲間になった『リフェリア』には、確かに意思がある。
拙いながらも、コミュニケーションは成立している。
それを売ればどうなるか、想像出来ない雨木ではない。
「ノートにはなかったが……」
美濃原が、ふと話題を切り替える。
「スキルカードについて、何か思いついたのか?」
「無いのは当然だね」
雨木は軽く肩をすくめた。
「それを書いた時は、まだそこまで考える段階じゃなかったもん。
ノートを渡して手持ち無沙汰になったから、スキルカードを調べただけさ。
今は、職業カードの方を意識し始めたくらいだ」
そう言いながら、雨木はお銚子を取り上げ、二人の盃に酒を注ぐ。
注がれるのを見て、美濃原もそれを受けた。
ダンジョンで手に入り、《レコルド》に挿せるカードにはいくつかの種類がある。
スキルを扱えるようになるスキルカード。
ステータスが上昇するステータスカード。
アイテムがカード化したアイテムカード。
モンスターカードと職業カードは、それらの上位に位置付けられている。
スキルカードは、スキルスロットに挿した時、一つのスキルしか使えない。
対してその二つは、一枚のカードで複数の効果を起こせることが分かっている。
モンスターカードは取引停止措置がなされ、呪われたという扱いなのに対し、
職業カードは、イージス端末内でも頻繁に取引されていた。
それも、驚くような価格でだ。
そして掲示板にも、入手方法や職業カードの情報が出回っている。
「まあ、気にはなってたんだよ。
《レコルド》って、スキルスロットが三つしかないじゃん?」
「そうだな。
最初のうちは、スキルカード一枚すら苦労する。
だが、そこを抜け出すと、今度はスキルスロットが足りなくて苦労する。
よく聞く話だ。
どこを目指すか、考えているのか?」
その問いに雨木は一度、話を切るように盃を置いた。
さっきまでの重たい空気を、少しだけ振り払うように。
「そこじゃないんだよね。
ちょっと、思いついたことがあるんだ」
職業カードは、入手方法がある程度判明している。
特定のスキルカードと、対応するステータスカードを組み合わせ、
スキルスロットに挿すと、職業カードへと合成されることがある。
比較的入手しやすい職業カードは八種。
ファイター
シューター
キャスター
サポーター
トリッカー
コレクター
ディフェンダー
コントローラー
ファイターなら近接戦闘スキル×対応するステータスカード。
キャスターなら攻撃魔法スキル×対応するステータスカード。
サポーターなら回復魔法スキル×対応するステータスカード。
といった具合で作成出来るし、金を積めば取引でも手に入る。
そこはそのうち、何とかなるだろうと雨木は考えている。
「聞こうか。
そこじゃないとは、どういうことだ?」
「こないだ棍棒術スキルを買ったから、そっち方面でいいのがあればと思ってるけど、
まあ先の話さ。
出品があれば狙う。
けど、オークションは水物だ」
「そうだな」
美濃原は頷き、お銚子を差し出す。
二人はそこで一息入れ、互いの盃を満たして飲んだ。
そして、また注ぐ。
イージス端末のアプリにはオークション機能がある。
だが、実際に最も多い取引は、パーティ内オークションだ。
ダンジョンで出たレアやスキルカードは、
ダンジョンに潜ったメンバーで分配する。
精算時にイージス端末を持ち寄り、
その場で出品し、入札する。
魔石を売った金額と合わせて、
職員立ち会いのもと、綺麗に分配される。
雨木はサークル臨時に参加して、それを理解した。
自分が参加したパーティでなら、まず外部オークションには流さない。
金があれば、自分で買うからだ。
全員が金に困っている、などの事情がない限り起こらない。
オークションに流れるスキルカードは、
そこを突破した、かなりレアなものだ。
先日、棍棒術スキルが買えたのは、かなり運が良かった。
「だから、水物じゃないカードを狙おうかなって」
「ふむ、そんなカードがあるのか……
いや、待て。答えを言うな」
そう言って、美濃原は顎に手を当て、少し視線を落とす。
短い沈黙のあと、ぽつりと呟いた。
「……もしかして、感覚強化カードのことか?」
「せいかーい」
雨木は肩をすくめるようにして、にやりと笑った。
だが美濃原の表情は、すぐに険しくなる。
「なら、やめておけ。
あれは、人間の能力では扱えないというのが、散々試された結果だ。
これまで誰一人、扱えた奴はいない」
感覚強化カード。
スキルカードの一種だ。
ステータスが上がるのではなく、
五感――視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚――を強化するスキルを扱えるようになる。
「知ってる。
頭が割れそうに痛むらしいね。
でも『割れそう』って言って、本当に割れた奴はいない。そうだろ?」
「……いないだろうが、それくらいキツいのは本当らしいぞ。
投げ売りされているのは、そういう理由だ」
雨木は、そのことをよく知っている。
手元に『嗅覚強化』カードを持っているからだ。
実際、頭が割れそうな感覚を味わい、挫折した。
だからこそ、今まで伏せていた。
だが、それがここで変わった。
モンスターカード『リフェリア』が手に入った。
それが『嗅覚強化』をリンクしているという。
それ以来、匂いに対する感覚が、少し鋭くなった気がしていた。
だから雨木は、一つの仮説を立てた。
感覚強化カードは、モンスターカードと組み合わせて使うものなのではないかと。
「生来のへそ曲がりなんでね。
自分で試さないと納得出来ないんだよ」
そう言って、雨木は空になったお銚子を指で転がす。
「自分の財布でやる。
その分には、問題ないだろ?
出来たらなんだけど、ダンジョン省の方で掘り起こして、市場に流してくれないかな?」
「聞こう」
美濃原は短く答え、盃に残った酒を飲み干して言う。
「さっきの話に戻るけど、
深淵十二紋に変わった時に、引退した冒険者が結構いるって話。
その中に、こういうカードはゴミだって言って、
眠らせたままの奴がいるんじゃないかと思ったんだ」
「続けろ」
「引退しても、スタンピードには招集される。
だから使える戦闘スキルカードは、いくつか手元に残すと思う。俺ならそうする」
雨木はそう言って、指でテーブルの木目をなぞる。
「でも感覚強化カードなら、売れないし、持ってるだけだろう?」
美濃原は黙ったまま、次の言葉を待っている。
「ダンジョン省の職員が話を持って行けば、
俺が交渉するより、ずっと聞く耳を持ってくれると思ったんだ」
「それを、お前が買い取ると?」
「死蔵されていたカードが市場に出回れば、
ダンジョン省にとっても悪くない話な筈」
雨木は軽く肩をすくめる。
「俺としては、人が駄目だって言うものほど、試したくなるだけだ。
大金を突っ込む気はない。
投げ売りされてるカードで、一度だけだ」
「……無駄金になる可能性が高いぞ」
美濃原の視線が、まっすぐ雨木を捉える。
「何もしなきゃゼロのままだ。
俺が冒険者として設定した資金は三百万。
ゴブリンダンジョンで生活費は賄えてるし、むしろ増えてる」
雨木は指を一本立てる。
「だから百万円まで。
それくらいなら、ペイ出来る」
雨木はギャンブルはしない。
だが、勝ち筋がある投資なら躊躇しない。
「……反対だな。
普通にやっても、お前は稼げているんだろう?」
「誰かが使い道を見つけた瞬間、値段は跳ね上がる。
別にそれは、俺じゃなくてもだろ?」
雨木はゆっくりと盃を置く。
「全財産を賭ける気はない。
だが一部なら、ありだ」
「手伝ってくれるなら、使い道を見つけた時には教えるよ。
ただし個人のやり取りを約束して欲しい。
省で公表するタイミングは、俺が決める」
「随分都合の良い話だな。
上手くいけば、だが」
「上手くいかなくても、損は百万円で済む」
しばらくの沈黙のあと、美濃原が口を開いた。
「……カードの種類は?」
「嗅覚強化。
他より安い。
触覚は怖いし、味覚は論外だ。
少し味音痴くらいの方が、人生は楽しい」
五感強化カードの中で、
視覚と聴覚は五万円前後で過去に取引があった。
残り三種は、一万から三万で放置されている。
理由は、おそらく試した者たちの書き込みだろうと雨木は思っている。
後者の三種は、スキルを切った後も、しばらく感覚が残るらしい。
その苦痛のまま書きなぐった記録を、雨木は何度も目にしていた。
「……地味だな」
美濃原はそう言って、静かにお銚子を差し出す。
だがその表情は、どこか楽しそうに緩んでいた。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助利用しています。




