地味な一枚の価値
雨木は再びゴブリンダンジョンに来ていた。
壁の一部がぼんやりと発光する二階層で、彼は足を止める。
空気は湿り、どこかでゴブリンの息遣いが混じるような匂いがあった。
ここまで特に怪我はなく、稼ぎも悪くない。
進軍は順調だ。
今日の目的も勿論、三階層の蠟燭ゴブリン。
そしてそろそろ、先へ進んでみる段階に来ていた。
無駄に思えたサークル臨時の経験だが、得たものはあった。
九階層まで進んだことだ。
コボルトダンジョンの九階層では、アーチャーレッサーコボルトが現れた。
階層が進むと、魔物の持つ装備が変わる。
単一の魔物の系統が出るダンジョンは、傾向が似る。
イージススレッドにも、そう書いてあった。
ゴブリンダンジョンも、コボルトダンジョンも、本質は変わらない。
理屈では理解していた。
だが、雨木はそれを鵜呑みにできるほど、冒険者として場数を踏んでいない。
それでも、九階層で実際にそれを見た。
アーチャーレッサーコボルトの射線が生む緊張感と、それに対応できるかどうかの差を。
だから、四階層は行ける。
先日まで、雨木は四階層の手前で引き返していた。
先の情報が乏しかったからだ。
だが今は違う。
自分の目で確かめた、九階層の現実がある。
出来るなら行く。
雨木は、そういう男だ。
「準備が出来たからだけど。運もいいんだ 俺は」
ダンジョンに入る前、地上の事務所で、雨木はダンジョン省の職員から一枚のカードを受け取っていた。
《棍棒術/Lv.1》のスキルカードだ。
先日、オークションで見つけた掘出し物。
慌てて入札したところ、運良く落札できた。
値段は、二十二万円。
イージスマーケットアプリでの決済は、イージスウォレットから即時で引き落とされる。
それまで稼いだ金を全てメインバンクに移していた雨木は、ウォレットの残高が足りず、慌てて入金して落札した。
これに懲りて、今後は一定額を常にウォレットに残すと決めた。
オークションも、サークル臨時も同じだ。
一度やれば、それは経験になる。
経験すれば、するほど、慣れて上手くなる。
雨木は、冒険者として、また一段階、レベルが上がる。
戦闘技能系のスキルカードの中で、棍棒術は狙い目だった。
剣術系は、圧倒的に高い。
剣を使う冒険者が多く、需要が集中しているからだ。
対して、雨木のメイン武器はトンファーとバール。
どちらも棍棒系に属する。
そのため《棍棒術/Lv.1》は、彼にとって理想的なカードだった。
棍棒術スキルカードは、市場では人気がない。
刃物の方が分かりやすく、派手で、強そうに見えるからだろう。
その偏りが、価格にも表れている。
雨木が持つスキルカードは、これで三種になった。
《火魔法/Lv.1/+5》
《嗅覚強化/Lv.1/+6》
そして、新しく加わった《棍棒術/Lv.1》。
火魔法と嗅覚強化は、ゴブリンダンジョンに通い詰めた成果だ。
だが、魔法系のスキルカードは、レベル1では弱い。
それが、冒険者の間での定説だ。
しかも、「面倒な割に」と付く。
剣術なら『バッシュ』
大剣術なら『スマッシュ』
槍術なら『ピアーズ』
細かいことを考えずに、振れば使える。
それが、物理系スキルの強みだ。
対して魔法系は、スキルスロットに初めて入れた時に、選択を迫られる。
思い描いた形で、魔法の性質が固定される。
選択肢は三種。
『射出型』
『盾・壁型』
『纏流型』
多くの冒険者が『射出型』を選ぶ。
レベル1での射程は、およそ二メートル。
レベル2で、四メートル。
踏み出した方が、早い。
それが、雨木の率直な感想だ。
それでも、多くの冒険者は、遠くから撃てるという安心感を取る。
だから雨木は、それを選ばない。
選んだ火魔法のスタイルは『纏流型』。
手のひら大の炎を武器に纏わせることが出来る。
現在のカード表記は《火魔法/Lv.1/+5》。
これは、スキルカードが五枚合成されていることを示すと同時に、レベル1の火魔法を五度使えることも意味している。
そして《棍棒術/Lv.1》
レベル1スキルは『クラッシュ』
これは、棍棒系の武器でのみ、強烈な一撃を加えられるスキルだ。
火魔法と棍棒術は喧嘩せず、どちらも運用することが出来る。
個別にも、同時にも。
棍棒術は、軽く見られがちなスキルカードだと考える。
雨木は、それを拾った。
壁面の淡い発光が続く通路を抜けて、三階層を進む。
一つだけ壁面に掛かった蠟燭が見える。
雨木が近づくと、蠟燭が落ちる。地面から影がせり上がる。
周囲に、蝋が焼けたような、甘く重い匂いが混じる。
蠟燭ゴブリンだ。
さらに奥からもう二体、ゴブリンが駆けて来る。
いつもの光景だ。
雨木は、握ったバールの先端、湾曲した部を眼前に持ち上げる。
「《ファイア》」
バールの先端、雨木が視線を合わせた先に、燃える火の塊がまとわりついた。
一体目のゴブリンに、火を帯びたバールを叩き込む。
ジュッという音と共に、火の塊は消え、肉が焦げた臭いがした。
ゴブリンは、痙攣したまま、倒れて動かない。
「……ふむ、一回に一撃か。だが、威力は悪く無ぇ。やっぱしばらくは独占だな」
小さく呟いて、続いて踏み込む。
《棍棒術/Lv.1》のスキルが起動し、腕に一瞬だけ重みが乗る。
「《クラッシュ》」
二体目の頭部が、壁に叩きつけられた。
鈍い音と共に、首が曲がる。
雨木は、既にゴブリンを苦にしていない。
蠟燭ゴブリンですら、既にルーティーンに組み込まれている。
だが、普段より手応えがあることを確信する。
「これも悪く無い。どころか、すげー良いな。最優先で手に入れたい」
遠くから、火の玉が飛んできた。
蠟燭ゴブリンの火だ。
雨木は、半歩だけ位置をずらし、バールで火を受ける。
そして地面に、受けた火を置いた。
そのまま三体目、蠟燭ゴブリンへと距離を詰める。
踏み込み一つ。
バールの先端が、蠟燭ゴブリンの鼻を削ぐ。
反射的に鼻を押さえた蠟燭ゴブリン、その頭を逆手の、鉄製トンファーが通り過ぎる。
横薙ぎに倒れたその身体に、雨木はバールを容赦なく振り下ろした。
そして、六枚目の火魔法カード、七枚目の嗅覚強化カードがドロップした。
「どっちもいけるね。
さて……とりあえず今日は、五階層のボス部屋まで行ってみるか」
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助利用しています。
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