サークル臨時⑤
結局、今回のトラブルは主催チームの介入によって収まった。
押し付け組も、雨木も、そしてカナタも、誰一人として納得しないまま、サークル臨時は継続となった。
九階層の平原を抜け、階段の手前まで進んだところで、一度足が止まる。
そこから先は、来た道を引き返すだけだ。
アーチャーレッサーコボルトが出現しない位置まで戻ると、空気は一変した。
戦闘は淡々と進み、誰も無理をしない。
まるで、さっきまでの出来事など、最初から無かったかのように。
だが、確かにあった。
それを証明するかのように、編成に変化が生じている。
まず、折り返し地点で先行していた組が入れ替わった。
一つが中盤へ下がり、代わりに別の組が先行に回る。
それに伴って、全体の位置取りも変わった。
そして、先行に上がったその組の中には、女性冒険者を突き飛ばした男の姿もあった。
最も大きく変わったのは、カナタだろう。
助けた女性冒険者に付き添って歩いている。
「大丈夫? まだ痛む?」
穏やかな声色で、心配そうに声を掛けている。
ついさっきまで殴り合っていたとは思えないほどだ。
女性冒険者は、少し照れたように笑って答えている。
その周囲には、自然と人が集まっていた。
漢気を見せた。
その一点だけで、カナタは周囲から放っておかれなくなった。
一方で、雨木は少し離れた位置――最後尾にいた。
周囲に人はいない。
――まあ、こうなるよな。
雨木は内心で肩をすくめる。
女性冒険者を守るために戦ったカナタ。
対して雨木は、突然喧嘩に介入し、理不尽に暴れた、という扱いだ。
もちろん異議はある。
だが、雨木がトンファーとバールを振り回し、暴れたという事実は消えない。
主催チームが武器を持って介入するまで、容赦なく振りまわしていた。
(初参加の俺に、揉め事に武器はご法度なんて言い分、知るかよ)
それがサークル臨時の暗黙の了解だ。
切れたカナタも問題だが、素手で向かっていた。
これは問題ない。
受けた相手も素手だった。
これも問題ない。
途中から乱入し、カナタを蹴った者。
そしてそれに続いた者たち。
彼らも武器は持っていなかった。だから問題ない。
だが――雨木、お前は武器を振り回した。
だから駄目だ。
これが、この場の不文律だった。
主催チームの判断により、本日の分配は剥奪。
経験値稼ぎをする権利も取り上げられた。
結果、雨木は最後尾を一人で歩いている。
最後尾を歩く雨木は、近くにレッサーコボルトが現れた時だけ、参戦を許されている。
だが、戦闘が起きることはなかった。
雨木が飛び蹴りを喰らわせた男とその仲間たちが、雨木に経験値稼ぎをさせなかったのだ。
(フン、出来るなら最初からやればいいものを)
わざわざ後方に位置取りを変え、道中、雨木を睨みつけてくる。
レッサーコボルトが現れれば、積極的に倒しに行く。
そうやって雨木を排除し、同時にカナタとの距離も分断していた。
しばらく歩き、休憩ポイントに差し掛かる。
雨木は最後に、そこへ到着した。
その時だった。
男が二人、人の流れを抜けて雨木に声を掛けてきた。
「まあ、なんだ……あんたは貧乏くじだったな」
声を掛けてきたのは、先行組だったチームの一人。
その横には、カナタと殴り合っていた男がいる。
「何? 第二ラウンド?」
雨木は飲んでいたペットボトルを戻し、トンファーに手を掛けて答えた。
「ちげーよ。するなら、とっくにやってる。
俺は引いた。あんたも、それ見てたよな?」
確かに、主催チームが間に入った時、殴り合っていたこの男は、事を大きくする気はないと言っていた。
むしろカナタの方がエキサイトしていて、止まらなかったくらいだ。
雨木は、主催チームに武器を向けられ、囲まれた状態でそれを聞いていた。
この男の言葉次第では、即座に再度暴れるつもりだった。
(女を突き飛ばすような奴が、理知的ぶってんじゃねぇよ)
なんて思っていたくらいだ。
「……まあな。殴り合ってた方が引いて、乱入した奴が続けさせようとした。変な光景だったな」
目の前にいる男は、あの場で引いた。
代わりに「ふざけんな、続けろよ」と騒いだのは、雨木がライダーキックを叩き込んだ男の方だ。
だがそいつは自分が殴り合うのではなく、この男に続けろと煽った。
カナタではなく、「雨木をぶっ飛ばせ」とエキサイトして叫んでいた。
そしてあっさり拒否された。
だからそいつは今も、雨木を目の敵にしている。
「それな。少し、話していいか」
雨木は少し迷い、それからうなずいた。
「率直に言う。突き飛ばしたのは、わざとじゃねぇよ。
だが、謝る気はねぇ」
男は雨木の目を見て、はっきり言った。
(なんだやっぱり、喧嘩売りに来てるんじゃん)
雨木がそう言い返そうとした、その前に、男は続ける。
「敵が出たら散る。それが戦場じゃ当前だ。
ああいう時は、散らねぇ方が逆に危ねぇ。標的にされて、身動きが取れなくなる」
雨木は黙る。
そこに、先行組だった男――顔に大きな傷のある男が続けた。
「弓が追加で出た時点で、即散開が正解だった。
誰かが前に出るより、まず距離を取る。狙いを分散させて、個別に対処するべきなんだ」
「……でも、あの子は動かなかった」
先行組の男はそこで言葉を切り、押し付け組の男が続けた。
「結果として、ぶつかった。それだけだ」
言い分は分かった。
雨木は、直前まで後ろを向いていた。
すべてを見ていたわけではない。
それは、無い話じゃないと思った。
経験の差も、判断の違いも、理解できてしまった。
自分も今日、何度か、立ち止まった覚えがある。
「言ってることは分かる、けどさ。
だったら最初に、こうしろって言えばいいじゃんか」
「なんでだよ。俺たちは仲間じゃねぇだろ。
いちいち戦い方を教えてやる筋合いもねぇ。同じ、ただの参加者だろ」
鼻で笑われた。
言われてみれば、その通りだと雨木は思い、何も返せなかった。
「身も蓋もねぇ言い方だけどな。
後ろで見て覚えるか、何も覚えねぇか、怪我して覚えるかだ」
先行組だった男は、自分の顔に走る傷を指でなぞりながら言った。
雨木は、一応は理解できる話だと思った。
初めてのサークル臨時。知らないことだらけだ。
ここには、ここの考え方がある。
――だが、それをそのまま、受け入れるつもりはなかった。
それは選択肢の一つに過ぎない。
言われたことをそのまま、鵜呑みにするつもりはない。
それが正しいかどうかは、あくまでも自分で考える。
「で……それを、なんで俺に?
カナタに言えよ。殴り合った相手に」
それが、雨木にとって最大の疑問だった。
「今は、聞く耳持たねぇだろ」
「落ち着いたらでいい。聞かせてやってくれ」
二人は同時に親指で後ろを指す。
その先には、カナタがいた。
複数の女性冒険者に囲まれ、楽しそうに話している。
満面の笑み。
あの時の猛々しさは、どこにもない。
雨木は、その横顔を見て思った。
(そいつら、押し付け組と一緒にいた女なんだけどな)
分かりやすく持ち上げられ、有頂天になっている。
(俺下げ、カナタ上げ、か。
……これは、あんまり期待しない方が良さそうだ)
そう思いながら、雨木は二人の男に向き直った。
「機会があれば言っとく。
でも、あんまり期待しないでくれ」
二人の男は、それを笑って受け取った。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助利用しています。
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年始もしばらくの間、続けて更新していく予定ですので、
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