タスクとルーティーン
雨木は三日に一度、週に二度のペースでゴブリンダンジョンに通いながら、並行していくつものタスクをこなしていた。
冒険者としての稼ぎは安定しつつあるが、だからこそ後回しに出来ない雑事も増えている。
その中で最優先で着手したのは、近隣の鉄工所や金属加工業者を探すことだった。
きっかけは、イージススレッドで見かけたある書き込みだ。
──外から持ち込んだ装備は、ダンジョン内では異常に劣化が早い。
半信半疑のまま、先日の探索後にトンファーとバールの耐久値を確認したところ、どちらも一つ減っていた。
木製のトンファーならまだ分かる。
だが、鉄製のバールまで劣化しているのを見たときは、さすがに驚いた。
バールは折れず、曲がらずを前提に作られた工具だ。
てこの原理を使うとはいえ、あれで何倍もの重量を動かす。
それが劣化するという事実に驚かされた。
もっとも、バールは消耗品だ。
ホームセンターでも買えるし、ネットで注文すればすぐ届く。
予備も既に何本か確保してある。
使い潰しても問題はない。
だが、トンファーはそうはいかなかった。
今使っているトンファーは、雨木が空手を始めた頃に買ったものだ。
フリーター時代に、少ない給料をやりくりしながら選んだ一本。
途中で埃をかぶっていた時期もあるが、十年以上付き合ってきた相棒でもある。
その耐久値が下がっていると分かっていながら、何事もなかったように使い続ける気にはなれなかった。
幸いゴブリンダンジョンでの稼ぎで、懐には多少の余裕がある。
ならばこの機会に、鉄製のトンファーを特注しよう。
そう考えた。
──だが、これが思った以上に難航する。
自宅を中心に通える範囲の鉄工所や金属加工業者を調べ、片っ端から電話とメールで「トンファーを作れないか」と問い合わせた。
雨木が描いた図面を見てくれた業者も、ほとんどが渋い顔をして断ってきた。
最終的に、まともに話を聞いてくれたのは七社。
そのうち二社は、明らかに吹っかけた金額を提示してきたため即却下。
さらに二社は「作ってみないと値段は出せない。ただし作った以上は必ず買ってもらう」という条件だった。
さすがにそのリスクは飲めない。
残った三社は「作れるが、割高になる」と前置きしたうえで見積もりを出してきた。
それでも、トンファー二本で十万円に届かない金額だ。
雨木は三社すべてに依頼することにした。
予備はいくらあっても困らない。
仕上がりを見て、次から一番良いところに頼めばいい。
「とりあえず、これは仕上がり待ちだな」
雨木はそう呟く。
ただ、その三社の見積もりには無視できない差があった。
最高額と最安値で、五万円以上の開きがある。
最安値を提示したところが、一番良い仕上がりであることが望ましい。
「ダンジョンからトンファーが出てくれれば一番楽なんだけど……こればっかりはな。オークションにも無かったし」
ダンジョンには、ドロップしやすい装備と、そうでない装備がある。
出やすいのは、いわゆるロープレゲームのコスプレのような装備だ。
そして、ドロップ品には『ダメージ10%アップ』や『火耐性10%アップ』などの付加効果が付く物が存在する。
長く冒険者を続ける者ほど、必然的にそういった装備品を集めるようになる。
故に一流に近いほど、自然とそういったスタイルになる。
カナタが使っている片手剣も、どこかのダンジョンの外れ品だ。
付加効果はないが、それでも欲しがる者は多く、いくらでも売れる。
「まだ焦るような時間じゃない。じっくりいこう」
逆に言えば、装備が揃っていない状態でも、そこまで進んだ先達がいるということでもある。
ならば自分にも出来ないはずがない、と雨木は前向きに考える。
諦めたら、そこで全ては終了なのだ。
三社への発注を終えた雨木は、次のタスクへと移る。
次とは言えど、ほとんどは同時進行できることばかりだ。
現在、無職の雨木の生活はダンジョンを軸に回っている。
冒険者は身体が資本だ。
それは冒険者を辞めた後でも変わらないだろう。
勤め人でない今だからこそ、定額制のスポーツジムが活きていた。
ダンジョンに行かない日は、ウェイトトレーニングをみっちりと。
行く日は、ウォーミングアップ代わりに使っている。
百キロのバーベルを担ぎ、フルにしゃがんだ状態からゆっくりと立ち上がる。
それを十回繰り返し、そのままバーベルをパワーラックへ戻し、呼吸を整える。
年配利用者が多い午前中のジムで、高重量のバーベルを扱う雨木の存在はかなり目立つ。
独り黙々とトレーニングを繰り返す雨木はプレートを変えると、スマートフォンを手に取る。
ジムでのウェイト中、もう一つのルーティンがネットウェイブだ。
主に見るのは住宅情報と転職サイト。
引っ越しと再就職については、常にアンテナを張っておく必要がある。
世の中には、常に掲載され続けている情報というものがある。
常に人を募る企業は、それだけ人が定着しないということでもある。
賃貸物件も同じだ。
いつまでも残っている部屋には、それなりの理由がある。
場所が悪い。
設備が古い。
家賃が割高。
最悪の場合は、事故物件だ。
情報には旬がある。
引っ越しも就職も同じだ。
募集が多い時期と少ない時期があり、その中にも当たりとはずれが混じっている。
定期的に見ていなければ、石と玉の見分けも付かない。
引っ越しについては、ひとまず保留だ。
今の部屋は駅近で家賃は高いが、不便はない。
焦って動いて、変な場所を引くのは避けたい。
敷金礼金に引っ越し費用も馬鹿にならない。
再就職も同じだ。
貯金が貯まってからの話ではあるが、まずは世の中にどんな求人が多いのかを見る。
そして、どんな資格が求められているのかを知る。
雨木は前職を辞め、冒険者資格を得た。
そして、その冒険者資格が、就職と引っ越しの両方で問題になっていた。
(ダンジョンが近くにあると詰むからな)
冒険者資格を持つ者には、いくつかの義務が生じる。
中でも厄介なのが、強制招集だ。
ダンジョンにはスタンピードと呼ばれる現象がある。
魔物が溢れ出し、周囲を無差別に襲う事態だ。
兆候が確認されると、冒険者にはイージス端末を通じて招集通知が届く。
半径三キロ圏内にいる者は強制。
十キロ圏内は原則参加。
十五キロ圏内は可能なら参加。
強制なのは三キロ圏内のみで、それ以外は要請に近い。
副業冒険者や半引退組が多いことを考慮した措置だ。
不参加でも表向きのペナルティはない。
ただし繰り返し不参加の場合は、一定期間税率が上がる。
副業冒険者は元々五割が標準で、不参加が続けば六割に上がる。
(副業ならまだいい。俺は専業だ。税率が上がると普通に萎える)
再就職後も同じだ。
なるべくダンジョンから離れた場所に住み、離れた会社で働く必要がある。
そうしないと、イージス端末が頻繁に鳴るだろう。
冒険者資格は返納できる。
イージス端末も返却できる。
だが、購入費五十万円に対し、下取りはゼロ円だ。
雨木としては、完全に引退するつもりはない。
再就職が上手くいかない可能性もある。
突発的に金が必要になることもあるだろう。
保険として、しばらくは資格を手元に残すつもりだ。
(しかしまぁ、思ってたより面倒だな。冒険者生活)
軽く流し見したあと、雨木はバーを握り直し、次のセットだ。
どれもすぐに決められる話ではない。
賃貸情報を経て転職サイトへ移り、そのあとは中古車情報にも目を通す。
考えることは多いが、今すぐ答えを出す必要はない。
身体を動かしながら、考えを少しずつ進めていけばいい。
そう割り切って、雨木は黙々とトレーニングを続けていた。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助利用しています。
また、ブックマークやいいね、星、レビューをいただいた方、誠にありがとうございます。
読んでくださっている方がいると実感できて、とても励みになります。
年末年始と続けて更新しますので、よろしくお願いします。




