運転席と助手席の間
「えっ。これが裏じゃないの?」
「何を言っている。一連の話だろうが」
美濃原は呆れたような顔で雨木を見る。
「まぁ、そうなんでしょうけど。
てっきり“処分はしない”が表向きで、裏で忠告に来たのかと思ってました」
「六星勇団はそんなことで動かん。
所帯がでかい。野球部の先輩がいると言っても、組織運営に口出しできる立場じゃない。
リーダーの谷村も、私怨で組織を動かすような男じゃないはずだ」
一度言葉を切り、続ける。
「ただしだ。
組織の中で、どんな言い方で話が回るかは分からん」
「……なるほど」
「三星食品も同じだ。
確かに大口取引先だが、冒険者の件に口出しさせるつもりはない。
専務と言っても担当じゃない。
だが、どこでどんな圧をかけてくるかは分からん。
それを頭に入れておけ、というのが“表向き”の理由だ」
「ダンジョン産の食べ物って、今は“買ってください”じゃなくて“売ってください”の関係ですもんね」
「その通りだ。
正直、売り先には困らん。供給量が足りてないくらいだ」
「じゃあ、裏は?」
「…………」
「何か言ってくださいよ」
「お前と話しに来た。それだけだ」
「……なんで?」
「そんな顔をするな。
身内の恥を晒すようだが、特殊空間管理省と深淵十二紋。
特に顔と名前が売れている連中とは、あまり関係が良好じゃない」
美濃原は前を見たまま、淡々と続ける。
「業務上は接する。だが基本は事務的だ。
それは仕方ないが、冒険者と接点が無いのもどうかと思ってな」
「それで俺?」
「冒険者同士のトラブルは立場上、嫌でも目に入る。
そこにお前の名前があった。
いずれ何かやらかすとは思っていたが、思ったより早かった」
「否定したいのに否定できない評価ですね、それ」
「誰もが最初は新人だ。
そのうち見方も考え方も変わる。
俺はその過程が大事だと思っている」
一瞬、間を置いてから。
「一度しか会っていない相手より、二度会った相手。
三度目ならもっと話しやすい。
だから今日は、会いに来ただけだ。嘘じゃない」
「……なるほど」
「納得したか?
ここをホームにするなら、また寄らせてもらうが」
「納得というか……。
嘘は言ってないけど、本当のことも全部は言ってない感じですね。
正直今一つどころか、三つくらい信じきれない」
胡散臭い。
それが雨木の率直な感想だった。
「信じられんか。残念だな」
「だって美濃原さん、特殊空間管理省の幹部でしょ。
次期省長候補だって聞きましたよ。
腹に一物あるのが普通でしょ。それが出来ない人は、出世争いに勝てない」
運転席の美濃原が、横目で雨木を見る。
鋭く、圧のある目だった。
それでも雨木は逸らさない。
「むしろ“お前を手駒にしようとしてる”って言われた方が信用できますよ。
乗らないけど」
「くくっ」
沈黙の中で、美濃原は笑った。
「手駒とまでは思っていない。
ただ、何かあったときに頼みごとが出来るくらいの接点は欲しいと思っている。
できれば恩を売っておきたかった」
そしてすぐに言葉を付け足した。
「今回の件で恩を着せる気はないぞ?
何度も言うが、ダンジョンの中は自己責任だ」
「でしょうね」
雨木は笑って答える。
もっと打算的でもおかしくない立場だ。
それでも今のところ、恩を振りかざす気配は感じなかった。
「まだ駆け出しだが、お前は強くなると思っている。
有名になるかは知らんが、強い冒険者にはなるだろうとな。
あくまでも今は個人的な期待だ」
「面と向かって言われると、少し照れますね」
口ではそう言ったが、内心では首を傾げていた。
評価されるのは悪くない。
だが、それが好意なのか、計算なのか。
この男の場合、どちらでも不思議はなかった。
「そうか? 全然そうは見えん」
「顔に出ないタイプなんで。
まぁ……期待には、応えられるように頑張りますよ」
一拍置いてから、付け足す。
「楽に使われる気はありませんけど」
「そこだ。
お前は後ろ盾を欲しがるタイプじゃない。
だが、あって困るもんでもないだろう」
「まぁ……」
「だから提案しろ。
お前の都合の良いことでいい。
俺が出来ること、手伝えること。
それで、こちらの仕事にもプラスになることだ」
美濃原は少しだけ声を落とす。
「互いに利益がある提案をくれ。
無理強いはしない。
思いついたら言え。
それまでは、たまに会って話す。
それくらいはいいだろう?」
「まぁ、たまに話すくらいならいいですけど」
雨木は肩をすくめて答えた。
「頼み事は……」
一瞬だけ言葉を切り、考える素振りを見せてから。
「じゃー、考えておきますよ」
それだけ言って、缶コーヒーを一口飲んだ。
美濃原はそれ以上追及せず、満足そうに口角を上げる。
「それでいい。気が向いたらで構わん」
黒塗りの車の中に、短い沈黙が落ちた。
取引でも同盟でもない。だが、無関係でもない。
そんな曖昧な線を、互いに理解したまま、
運転席と助手席の間に引いた。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助利用しています。
また、ブックマークやいいね、星、レビューをいただいた方、誠にありがとうございます。
読んでくださっている方がいると実感できて、とても励みになります。
年末年始と続けて更新しますので、よろしくお願いします。




