女とゴブリン
コメットとの酒の席から二日後の十五時過ぎ。
雨木はゴブリンダンジョンの休憩室でコーヒーを飲んでいた。
雨木はこのゴブリンダンジョンを稼ぎ場にすると決めている。
だから内部の情報は一切外に出す気はない。
情報の乏しいダンジョンにわざわざ来る冒険者は少なく、ほかに稼げる場所はいくらでもある。
誰かが気付くまで、雨木はこの場所を独占できる。
その代わり、入口を守る警察と自衛隊の負担は減らない。
そのことを少し悪いと思いながら、雨木は一口コーヒーを飲んだ。
このコーヒーは紙コップに入ったインスタントコーヒー。
それでも一杯五百円する。変わらず高い。
高いが、ここはゴブリンダンジョン。予算の回らない閑散ダンジョンだ。
少しでも金を落としていくほうがいいだろうという気持ちで、雨木は毎回このコーヒーを頼むようにしていた。
しばらくして、休憩室の扉が静かに開いた。
入ってきたのは熊澤――同僚からクマと呼ばれている女性警察官だった。
雨木が軽く会釈すると、彼女は向かいの椅子を静かに引いて腰を下ろす。
「えーっと、冒険者ネーム・コメットさん。しばらくは戻れそうにありませんね。女性なので詳しくは言いませんが……少し辛そうでした。優しく見守ってあげてください」
ダンジョン周辺の立入禁止区域では、入った者に必ず見張りがつく。資格持ちの冒険者でも同じだ。
人気のあるダンジョンなら、冒険者の動線という動線すべてに自衛官が常駐している。
だがここは違う。来る冒険者が少ないうえ、駐在している自衛官の数も限られている。
そのため、このダンジョンでは一人ひとりに自衛官が個別でつくのが常だ。
待ち合わせ場所の休憩室に戻ってこないコメットを、雨木は熊澤に頼んで見に行ってもらった。
独りで平気でダンジョンに入れる雨木だが、さすがに女性更衣室には入れない。
「あー、まだ吐いてるのか。トイレとお友達ならまだいいんですけど……女性更衣室の床、汚してないですよね。清掃費とか請求されると困るんですけど」
「もう、そんな身も蓋もない言い方。床は大丈夫でした。体調の心配をしてあげてください」
「いやー、ダンジョンの中でもずっと吐いてましたしね。来る前に食べたランチ、全部リバースでしたよ。ゼンリバ。もったいない」
清掃費の心配はなさそうだと分かって、雨木はひとまず胸を撫でおろす。
あれから二日。今日はコメットを連れてゴブリンダンジョンに来ていた。
雨木としては、飲み潰れても泊まれるように近くのビジネスホテルを取っていただけだ。
だがそれをコメットに伝えた際、彼女は“誘われた”と勘違いした。
別にそういう関係でもいいかと一瞬は思ったが、その場合は恋人になってほしいと言われて冷めた。
『そこまでして抱きたい』とまでは思わなかったので、手を出すのは即あきらめた。
その埋め合わせとして、家賃も厳しいというコメットに一度だけ手を貸すことにした。
「助かるわぁ。ありがとうな」
素直に受け取られ、その日は穏便に解散した。
そして今日。
昼に駅で合流し、車でダンジョン近くのファミレスへ寄って軽く打ち合わせとランチを済ませ、午後二時に入場した。
入ってすぐだった。
雨木が倒したゴブリンの死体を見て、コメットは盛大に吐いた。
その後もずっと雨木の後ろに付いて来るだけで、コメットは一度も戦っていない。
雨木が宥めながら先に進むも、襲って来るゴブリンを返り討ちにするたびに吐き、吐くものがなくなると胃液を吐いた。
結局一階層の途中で「もういやや」と大声で叫んだ。
その叫び声につられて寄ってきたゴブリンを始末し、引き返してきた。
狩りの時間は一時間弱。
そのほとんどをコメットは吐いて過ごし、怪我はない。
倒したゴブリンは十匹。魔石は一つ二千円。
稼ぎは二万円。折半なので一万円が雨木の取り分だ。
これが臨時パーティなら外れだと怒っただろう。
だが雨木に怒りはない。
(何の役にも立たない、道中ずっと吐いてるだけの足手まといを連れてる割には稼げたな)
そう思っていた。
今回、雨木がコメットを誘ったのは善意だけではない。
“実験”でもあった。
ゴブリンはこちらの存在を“臭い”で識別している――雨木はそう考えている。
では、女性を連れて入ればどうなるのか。
それを確かめたかった。
そして目論見は成功した。
収入は少なかったが、収穫は大きい。
雨木が単独で入る場合、多くのゴブリンは待ち伏せを選ぶ。
だが今日は違った。
コメットを連れて侵入した途端、ゴブリンは積極的に襲いかかってきたのだ。
そのせいで最初は対応に手間取った。
仕留めきれず、なぶり殺しのような形で倒した。
そのせいでコメットは決壊し、嘔吐した訳だが。
思い返せば、研修で女性の熊澤と入った際は襲われなかった。
しかしその後すぐに単独で入ったときは、入口周辺で高確率で遭遇した。
おそらく熊澤――女性の匂いに釣られて、寄ってきてはいたのだ。
だが襲ってこなかった。それは他に二人、自衛官の男がいたからだろう。
まだ確証はないが、こう仮定できる。
男が多ければゴブリンは待ち伏せ。
男女同数、あるいは女性が多い場合は積極的に襲いかかってくる。
これは雨木にとって大きな収穫だった。
女性と入ればゴブリンは活性化する——その傾向がはっきりした。
今後は女性を連れて来ない理由にも出来る。
そして単独で入るなら、ゴブリンは待ち伏せを常套手段とする可能性が高い。
単独でゴブリンダンジョンに通う口実としては十分だ。
(もっとも、それを言い訳に使う日は来なくていいんだけどな)
そう思いながら、雨木はコーヒーを飲み干した。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを利用して調整しています。




