臨時PTを壊した理由
コメットはグラスを両手で押さえながら、恐る恐る切り出した。
「……アマギはんは、ウチのこと怒ってへんの?」
雨木はグラスを持ち上げ、一口だけ飲んでからゆっくり返す。
「んー、さっき謝ってもらいましたし? 多少の不快はありましたけど、元々そこまで怒ってなかったですから。俺のことは気にしないでいいですよ」
明確な悪意で何かをされたならまだしも、コメットのあれは主催者としての振る舞いだったと雨木は考えている。
悪いところはあったし腹も立ったが、雨木自身は怪我をしていない。
……もし怪我をしたのがカナタではなく自分だったら、ここに座っていたのはカナタだったかもしれない。
そう思うと、どこか面白くない気持ちも湧く。
やっぱり自分は女性に甘いのだろう、と雨木は心の中で苦笑した。
コメットは眉尻を下げて笑う。
「……ってことは、ちょっとは怒ってたんね? 今後のために、どこが悪かったか教えてくれん?」
雨木は肩をすくめ、指先で氷を回す。
「いや、基本はカナタと同じですよ。あー……最初はあのガキ二人と三人でグルなのかと、ちょっと勘ぐりましたけどね。
あの二人、動かなすぎでしたし。今回は運が悪かった、としか言いようがないです。仮に主催が俺だったとしても上手くはいかなかったと思いますよ。多分、もっと早く切れてますし」
コメットはグラスを両手で持ち直し、少し冗談めかして覗き込む。
「あー、自分ほんまに怖かったで? なにかやってはったん?」
「なにか、とは?」
「あれよ。格闘技とかスポーツ。最初見た時はバスケとかバレーボールとかやってそうやなって思ったんよ。でも装備品見たら、なんや……けったいな武器持ってたやん」
「けったいな武器」という言葉に、雨木は思わず笑ってしまった。
「トンファーですね。あー、あれもガキに馬鹿にされましたね。思い出したら腹立ってきましたよ? なんて」
「ごめんよ、怒らんといてや」
コメットが慌てて両手を合わせる。
雨木は肩を竦め、薄く笑い返した。
「空手ですよ、やってたの。
その時にトンファーとか武器が好きな先輩がいて、使い方を教わってたんです。俺もあんまり余裕がある訳じゃないから、使えるものを引っ張り出して使ってる訳です」
今ならイージス端末のオークションでダンジョン産の装備も買える。
カナタの中古剣は二十万だと聞いた。買えない額ではないが、雨木はまだ必要性を感じていない。
仮に何か買うとしても、トンファーを手放す気はなかった。
空手時代の動きが一番しっくりくるし、いまの階層ならそれで通用している。
変えるならバールのほうだろう。
だが急ぐ理由もない。
――雨木はそう考えていた。
「空手なんやな。分かると思うけど、ウチは運動とか得意なタイプちゃうんよ。段とかは持ってはるん?」
「あー、持ってたような……無かったような」
「どゆことなん?」
「……二段、ではあったかな。取り消されましたけど」
「何したん?」
「ちょっと試合でトラブって、問題起こしちゃって。それを師範……あ、道場の一番偉い人ね。意味わからん説教されて。
空手って柔道みたいな大きな組織じゃなくて、小さい流派がいっぱいあって、俺もそんな大きくないとこにいたんですけど――トップだからってセクハラモラハラ山盛りの偉そうなおっさんで、前から嫌いだったんです。……で、察してください。それで永久追放ですね」
その騒ぎで道場の関係者は皆敵対か、距離を置くようになった。
そんな中で庇ってくれたのが、トンファーの使い方を教えてくれた先輩だ。
フリーターだった雨木を、前職へ誘ってくれた恩人でもある。
あの人がいなければ、雨木は本当に前科がついていたかもしれない。
あれから十年。
結局また同じことをしている、と雨木は思わず苦笑した。
最悪な臨時野良パーティの最悪な終わり方は、実にシンプルだった。
――雨木の我慢が限界を迎えた。ただそれだけだ。
多数決の後も色々あったが、最後も結局雨木とカナタが前で戦い、その後ろでコメットがおろおろしていた。
そしてその時が遂に来る。
後ろで見ているだけのレオニスたちが、鶏の魔物二匹に襲われたのだ。
パニックになったレオニスたちは腰が引けて逃げまわり、挙句の果てに戦闘中の雨木たちへ背後からクロックルを押し付けようとしてきた。
コメットはレオニスに突き飛ばされて転倒し、クロックルに腕を突かれた。
カナタは後ろからレオニスにぶつかられ、体勢が崩れたところをクロックルに突っ込まれて剣を落とし、足を痛めた。
慌ててフォローに入った雨木に、今度はタカオが背後からクロックルを押し付けようと突っ込んできた。
反射的に雨木はクロックルではなく、タカオの方をトンファーのフルスイングで薙ぎ倒した。
タカオは悲鳴を上げて吹っ飛び、地面を転がった。
その光景にレオニスもコメットも、そしてクロックルまでもが一瞬ひるんだ。
もしかしたらカナタもだったかもしれない。
固まる周囲をよそに雨木は淡々とクロックルを処理し、他の魔物を攻撃した。
遅れてカナタも戦い、魔物を何とか処理した。
戦後、文句を言いかけたレオニスの横面にも、雨木はトンファーを叩きつけたことは言うまでもない。
──その光景が、グラスの中の氷と酒に重なった。
テーブルに視線を戻すと、コメットがグラスを両手で包んだまま、氷を小さく回している。
さっきまで話していた顔とは違い、どこか言いにくそうな横顔だった。
「……アマギはん」
グラス越しに、ほんの少しだけ声が落ちる。
「出来たら、あの子らの時も……一緒に行ってくれんかなぁ、って……
勢いで臨時パーティなんてやったけど、冷静になって分かったんよ……ウチみたいなんが、知らん男の中に一人でおるの……正直こわいんよ」
言い終えたあと、コメットは視線を落とし、わずかに唇を噛んだ。
その仕草が、この話を切り出すまでにどれだけ迷ったかを物語っていた。
雨木は胸の奥で「うわ、またその話か」と思いながら、グラスを指先でゆっくり回した。
氷がカラン、と音を立てる。
「……んー、気持ちは分からないでもないですけど、普通に向こうが参加させてくれないと思いますけど」
〝相互〟は主催の時に呼び合う約束。
雨木と大学生らの間にそれは存在しない。
大学生二人が主催者の時、誰が参加するかを決めるのは雨木でもコメットでもない。
雨木が参加したいと言っても、向こうが拒否すれば参加できない。
関係性を考えれば、参加させてくれるとは雨木には思えなかった。
当然、こちらが呼ぶつもりもない話だ。
コメットは小さく肩をすくめた。
「せやんな……」
その笑顔は、笑っているのか泣きそうなのか判断がつかない。
雨木は目を逸らし、グラスの底に残った酒を一気に飲み干した。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを利用して調整しています。




