門前の雑音、等分の拇印
肉ダンジョン――“稼げるダンジョン”として知られるその空間は、国内に三つしか存在しない。
東京都世田谷区にあるものは、いまや日本で最深部攻略記録を誇る。
雨木楓真は運転席のドアを押し閉め、コインパーキングの料金看板を見上げた。
「最大料金なし」の文字が炎天下にぎらついている。
「二十三区内、駐車料金、高すぎだろ」
小さく呟いてスマートキーのロックボタンを押した。。
今回の入場枠は雨木が自分で取ったものではない。
臨時野良パーティの主催者である、冒険者ネーム・コメットと合流しなければ、封鎖区画の中へは入れない。
単身で、車で乗りつけられたゴブリンダンジョンとは違う。
荷物を肩にかけ、指定された集合地点へと歩き出した。
人気の肉ダンジョンには挑戦者が多い。
そのため《イージス端末》で組まれる臨時パーティも多く、集合場所すら省によって定められている。
封鎖区画を覆う白い仮囲いの外側、角をえぐったような窪地――そこが今回の合流点だった。
すでに四人の姿がある。
手にした《イージス端末》が彼らも冒険者であることを告げていた。
雨木も端末を手に掲げ、軽く会釈を添える。
「ほなら、全員そろったみたいやし、自己紹介しとこか。募集かけてたコメット言います。今日はよろしくなぁ」
小柄な女性が一歩前へ出た。柔らかい京都訛り。
募集画面では性別が伏せられていたため、実際に見ると意外な印象を受ける。
「タカオ。大学一年~」
「レオニス、同じく大学生」
二人の若者が続く。
タカオは丸顔で少し伸びた坊主頭、親指でスマホをいじりながら上の空だ。
レオニスは前髪の長いアシメをかき上げ、斜めを向いたまま名乗った。
舐めた態度だ、と雨木は思う。
だが口には出さなかった。
社会経験の薄さが目に見えている。
だが所詮は臨時での集まり、一時の関係だ。
上下関係を説く場でもない。
小さく息をついて、次の自己紹介を待った。
「カナタです。今年三十二歳。今日はよろしく」
同世代、それも同い年が一人いるとわかるだけで、雨木は肩の力が少し抜けた気がした。
彼は長い髪をサングラスでかき分け、後ろに流している。
軽そうな見た目、それに反して声には落ち着きがある。
「そしたら最後は、アマギさんやね」
コメットが端末を見ながら、雨木の冒険者名を呼ぶ。
雨木は軽く頷き、穏やかに言葉を置いた。
「はい。多分カナタさんと同い年です。こういう形で入るのは初めてなんで、よろしくお願いします」
コメットが笑顔で返し、カナタも「同い年か、よろしくな」と肩を軽く叩いた。
その背で、大学生二人がひそひそと笑う。
「女混ざってんの? 野良でそれはないわ」
「しかも主催って。テンポ落ちるやつ」
「……で、残りの二人さ、若作りしたおっさんじゃね?」
声は小さいつもりでも、十分届いていた。
雨木は視線を向けず、肩のベルトを握り直す。
「ほな、行こか。うちの《イージス端末》じゃないと門、開けてもらえへんし、ちゃんと付いてきてな」
コメットが歩き出す。
封鎖壁へ近づくほど、音が増えた。ハツリ機の乾いた衝撃、鉄骨を叩くハンマー音、ミキサー車の低い唸り。
白い仮囲いは半分が外され、打ちっぱなしのコンクリート壁が顔を出す。
臨時の設備が恒久の構造物に置き換わっていく――人気ダンジョンの成長の象徴だ。
(賑やかだな。ゴブリンダンジョンとはまるで違う)
前の現場は湿りと静けさが支配していた。
ここには昼の熱気と作業員の声が混じり、都市のざわめきと地続きの匂いがある。
ゲート前では自衛官が二名立っていた。
コメットが身分証と端末と冒険者証を示す。
彼女は今日の予約主だ。
指定時刻の入場権を押さえ、その許可のもとで同行者を通す。
臨時野良パーティ――それは彼女の“同伴枠”という意味だ。
「じゃあ、うちが先に通すし、順番に続いてな」
赤のランプが緑へ変わり、ゲートが静かに開く。
一人ずつ端末をかざし、通過していく。
最後に雨木もセンサーに端末を当てて奥へと進む。
途端に背後の熱気が遠のき、冷気の膜が肌を撫でた。
新しい建物の匂い、磨かれた床に走る白いライン。
都市の喧噪は背中に沈み、代わりに“規則”の匂いが濃くなった。
「そしたら最初は入場手続きと契約やね。事務所いこか」
コメットが先に立って進む。
パーティでダンジョンに入るには、まず事務所で分配契約を結ばなければならない。
報酬の揉め事が絶えなかった時代を経て、省が導入した義務手続きだ。
「えっと、そしたら全員ここに端末かざすみたいやね」
事務所の端末に五つの《イージス端末》が並ぶ。
ホログラムに分配ルールが浮かぶ。
売却益の均等割、素材の代表売却、肉の現物支給――テンプレが並んでいた。
「伝えてた通り、今回は全部売ってお金にして、きれいに分けたらでええやんな?」
コメットが振り返る。
雨木は頷き、短く「はい」と言葉を添えた。カナタも「それでいいです」と返す。
「おっけーっす」
「……問題ない」
学生ふたりは画面も見ずに即答した。
職員が同意処理を行い、契約書が印刷される。
「拇印をお願いします」
曖昧なサインを防ぐため、今では全員が拇印で統一されている。
五人分の指先が紙に押され、それが職員の手で封筒へと収められた。
「こちらでお預かりします。清算が済めば破棄されますので」
「お願いやし、ちゃんと頼むなぁ」
コメットの声に職員が頷く。
これで入場手続きは完了だ。
鍵付きロッカーの番号札を受け取り、一同は更衣室へ向かう。
「ほな、更衣室行こかー」
職員から番号の付いたロッカーの鍵を受け取り、一同は廊下へ出た。
男女別の扉が並ぶ前で一旦解散となる。
雨木は無言で鍵を握り、着替えのために歩き出した。
彼の背に、遠く工事の金属音がまだ響いていた。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを利用して調整しています。




