カルビと《レコルド》
「……やっぱり、カルビと米は余計だったな……」
部屋に戻った雨木楓真は、そのままベッドに身を投げ、大の字になった。
胃の奥にまだカルビと白米の重みが残っている。
上タン塩、ハラミ、特選ロースを思う存分喰らい――そして我慢するつもりだったカルビまで追加し、締めにライスとかき込んだ。
満腹の多幸感の裏で、胸の奥にじわりとした罪悪感がくすぶっていた。
天井を見つめたまま、静かに息を吐いた。
ご褒美のつもりで入った焼肉屋は、結局のところ欲望に任せて食い尽くしただけだった。
落とした体重の数値が脳裏をかすめる。
だが、今日の戦果を思えば、そのくらいは許される――そう言い聞かせるような息を、ひとつ吐く。
「ま、せっかく自力で出したカードだ。売らないで使ってみるか。別に自分で使ったら売れないって訳でもないしな」
言葉と同時に、右の手へ視線を落とした。
彼が「書を解放せよ」と声に出せば、記録書はここに現れる。
その中には二枚のカード――《火魔法/Lv.1》と《嗅覚強化/Lv.1》。
どちらも、今日の戦いの中で自ら手にした報酬だ。
同じ魔物を倒せば、また同じカードが得られる可能性がある。
雨木は知っている。
スキルカードは、一度きりの入手では終わらないことを。
同じ種類を十枚集めることで、カードは上位に進化する(Lv.1→Lv.2→Lv.3……)。
それだけではなく、初めて使用したときに「形状」が固定されるという。
矢のように放つのか、壁のように展開するのか――最初に描いたそのイメージが、その後の成長すべてを縛るという。
冒険者はそれを手にした瞬間から、己の戦い方を選ばされるのだ。
雨木は小さく息をついた。
「俺の“火”は、どんな形になるか」――そう思うよりも前に、言葉が零れていた。
満腹の腹を軽く押さえ、深く息を吐いた。
戦いの疲れと酒の熱が、身体の奥で静かに混ざり合っていく。
それでも意識だけは妙に冴えていた。
――これらをどう使うか。
カードが二枚も手に入るとは思っていなかった。
しかも、どちらも単独での戦果。
浮かれて使うには、まだ情報が足りない。
雨木はベッドの端に手をつき、のそりと身体を起こした。
「……ちょっと掲示板を読み込んで、ノートでも作るか。
いや、パソコンでまとめた方が早いな」
小さく呟く声に、現実感が戻る。
翌日は情報収集にあてる――そう決めたことで、胸の奥のだるさがわずかに和らいだ。
「調べる事ばっかりだな。不動産屋と車屋もだな。
ジムには行きたいし……はぁ、面倒くせぇ」
頭の中でタスクが並び始める。
今の部屋は駅から近く、駐車場付きで便利だが、その分家賃が高い。
社会人時代、終電帰りを前提に選んだ物件だった。
だがその生活はもう終わった。
退職を決めてからは残業もせず、車通勤に切り替えた。
その会社も先月末で辞めている。
通勤を考える必要はもうない。
ダンジョン帰りの身体を休めるなら、もっと安くて広い場所に引っ越した方がいい。
車もそうだ。
いま乗っているのはスポーツタイプ。前の彼女が「カッコいい」と言ったから買った車だ。
だが今は荷物が載り、道具が運べる車が欲しい。
用途が変われば、理想の形も変わる。
「この感じで行ければ、社会人時代より稼げそうだしな。次の肉ダンジョンは稼げるらしいし、楽しみだ。
出費は減らして、収入は増やす。またゴブリンダンジョンには行くとして……あとはダンジョン省のシステムを上手く活用したい」
その名を口にしたとき、わずかな期待が滲んだ。
冒険者には、ダンジョン省が定めた特典がいくつかある。
その一つに「ダンジョンに入る日には、近隣の提携ホテルを冒険者価格で借りられる」という制度があった。
出来たばかりの省にしては、ずいぶんと動きが早いと雨木は思う。
前の会社では、制度ひとつ整えるだけで何ヶ月もかかった。
そう思うと、どこか羨ましさにも似た感情が胸の奥に残った。
「ま、幹部はヤクザにしか見えなかったんだけどな。出世してるんだから、それなりに有能なんだろう。それなりに。
なんにせよ、これを上手く使えれば稼げる所を狙って遠征も出来る。ついでにあちこち見て回るってのも悪くない。
だとしたら高い家賃のとこに住むのはアホらしい」
雨木がこの制度に最も魅力を感じたのは、その宿代が経費に計上できる点だ。
――それがどれほど有効か、彼は知っている。
無駄な出費に意味はない。だが、稼ぐための支出は投資だ。
先行投資を惜しむ事業に、利益など上がらない。
彼が“冒険者という職業”に投資すると決めた額は三百万円。
社会人生活十年で残った、わずかな残滓。
会社がブラックに沈む前、少しだけ遊んでいた時期が響いていた。
そこから再就職に必要な分を引き、この額を定めた。
例え死ななくても、これがゼロになったら冒険者は引退する。
曖昧に見えて、雨木にとっては明確な線引きだった。
だらだらと続ける気はない。
引き際は、最初から決めてある。
装備を買い揃えただけで二十万円が消え、
さらに《イージス端末》の購入で五十万円が消えた。
分割を勧められたが、金利を嫌い一括で支払った。
もちろん車の買い替えもこの枠から出す。
売った分はローンの繰り上げ返済に回す。
仮に残っても別枠――ここには混ぜない。
金のルールだけは、自分に嘘をつかない。
「引っ越し費用と敷金礼金はどうすっかな~。それを混ぜると一気に消える。自滅しそうだ。
とはいえ、ダラダラ高い家賃を払ってるのも無駄だ。ま、無職に転生したことだし、軽トラでも借りて地道にやるか」
冗談めかした声が部屋に響く。
雨木は元はフリーター。引越し屋でのバイト経験もある。
(ついにそれを活かす時が来たか)
――そんなふうに思いながら、彼は苦笑した。
おそらく大して役には立たない。
それでも、その笑いには妙な温度があった。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを利用して調整しています。




