ビールと火魔法
琥珀色の液体がグラスの中で泡を立てる。
雨木は冷えたジョッキを両手で受け取りひと口、飲んだ。
――喉を駆け下りる酒精の衝撃に、思わず肩が震える。
「……っくぅぅ、効くっ!! 最近、飲んでなかったからなおさらだな!! 仕事のあとはやっぱりビールだ!」
残業続きのブラック社畜生活の中では、終電で帰ってコンビニでビールを買って、飲んでそのまま寝る――なんて生活を繰り返していた時期もあった。
そんな生活習慣におさらばした雨木は、冒険者になるにあたりまず家で酒を飲むのをやめた。
身体を作り直すという目標もあったが、それ以上に――無職での自宅飲酒は歯止めが効かなくなりそうだったからだ。
酒は外でだけ。
雨木が冒険者として生きるための、マイルールだ。
先に出されたビールを一気に飲み干すと、おばちゃんの店員がサラダと上タン塩の皿を運んできた。
それを受け取り、空いたジョッキを掲げておかわりを頼む。
ここはゴブリンダンジョンから最寄り駅へ向かう途中にある焼肉屋。
雨木はこれまで何度か店の前を通ったことがあり、気になっていた店だ。
無事に地上へ戻った今夜は、そのご褒美として一人焼肉を選んだ。
タン塩を網に置き、サラダを口に運ぶ。
メニューを眺めながら、次に何を頼むか考える。
「今日くらい欲望のままに食い尽くしてもいいんだけど、……脂っこいのは控えめにしとくが吉だな。
あ、上タン塩追加とハラミ、特選ロースにサンチェもください」
追加のビールが届いたところで、そのまま追加の肉を注文する。
最初にまとめて頼んでもよかったが、まずは喉を潤すことを優先した。
久しぶりの酒精が喉を焼き、身体の奥からじわりと熱を灯す。
生きている――そんな実感があった。
ゴブリンダンジョンで戦っていたのは、ほんの一時間前のことだ。
雑魚ゴブリンの魔石三十七個に、小ボスの蠟燭ゴブリンの魔石が一つ。
雑魚の魔石は一つ二千円、蠟燭ゴブリンは五千円。
合計で七万九千円也。
「ふふ、……聞いていたよりは、悪くない数字になったよな」
稼げないと聞いていたゴブリンダンジョン。
だが単独で、往復でルートを変え、ひたすら狩り続ければこの程度にはなるようだ。
一日の稼ぎとして考えれば悪くないと雨木は考えた。
もっともここから二割が税として引かれるし、毎日やるには集中力がもたない。
試しに拾って帰った棍棒ゴブリンの棍棒は査定ゼロ。完全な無駄だった。
レアが出なければ魔石のみの稼ぎ。
そりゃ皆、他に売れるモノが出る可能性のあるダンジョンに行く。
レアが出なければ、だが。
(出ちゃったからなぁ……)
追加の肉を網に乗せ、返しながら、その時の光景を思い出していた。
――炎が、カードに変わる。
――鼻が、カードに変わる。
その瞬間を。
思い出すうちに、雨木は自然と口角が上がるのを感じ、慌てて自制した。
地上へ戻る途中、彼は記録書に二枚を挿し、名前だけを確認している。
一枚は《火魔法/Lv.1》
もう一枚は《嗅覚強化/Lv.1》
焼き上がったハラミをトングでつかみ、サンチェの上に置く。
薬味を少しのせ、くるりと巻いて頬張る。赤身の旨味と青葉の香りが一気に口いっぱいに広がった。
うん、美味い。
逆の手では《イージス端末》を操作する。
画面に浮かぶのは、冒険者専用アプリ《イージスマーケット》。
ダンジョンで得たアイテムをオークションで取引できる――冒険者にとって欠かせないアプリだ。
魔石は必ず出口でダンジョン省職員に査定・買取される。
だがスキルカードは記録書に入っている限り、申告の義務はない。
オークションに出す場合だけ、ダンジョン省職員の確認が必要になる。
(ゴブリンダンジョンの書き込みにこの二つのドロップ情報は無かった。
ゴブリンダンジョンを出てから見せたら、ここで出るよと教えてるようなもんだ)
もしまだ公表されていない情報なら、わざわざ不特定多数に教えてやる必要はないと雨木は考える。
自衛隊や警察が定期的に間引きにダンジョンに入るように、ダンジョンの中にいつも一定の数の魔物がいる訳ではない。
殺せば減る。だがダンジョン内では気づくと魔物が増えており、一定の数を超えるとダンジョンは魔物を吐き出す――現在もっとも有力とされている説だ。
どこのダンジョンでも共通して三階層に小ボスが出るらしい。
だが、その三階層の小ボスも、一度倒すと数日は現れないと書いてあった。
「狙って行ったのに、いない――とか無駄の極みだしな。
とはいえどうするかは金次第……さて、こいつらの値段はどんなもんだ?」
オークション検索窓に《火魔法》と打ち込む。
――ヒット数ゼロ。現在の出品はない。
だが過去の取引履歴が残っていた。
最近の出品はどれも三十万円で出され、即売れになっている。
「……攻撃スキルってだけで、やっぱり桁が違うな」
火魔法は有名なスキルカードだ。
それを代名詞にした冒険者を、雨木でも数名は知っている。
彼ら、あるいは彼らに憧れる者が買い占めているのかもしれない――そんな考えが雨木の頭に浮かんだ。
(出せば即金で三十万か。なら、高めで出すって手もあるな、悪くない。
悪くはないけど、その場合は出所を知られたら終わるな。競合他社とか要らねぇんだよ)
ビールで口の中を流し込み、次に《嗅覚強化》を検索する。
こちらも現在の出品はゼロ。
履歴を見る限り、以前は十万円で出品されていたが落札されていない。
その後八万円、五万円と段階的に値下げされているものの、いずれも入札はなかった。
(……こっちはハズレか。まぁ鼻が利くとか言われてもな、いまいちピンとこねぇよな)
苦笑した雨木は、焼き上がったハラミをまたサンチェに包んで食べる。
口の中に広がる肉汁と野菜の甘みを楽しみつつも、やっぱり白い米で肉を食いたいと思うのだった。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを利用して調整しています。




