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現代にダンジョンが出来たので好色に生きようと思います  作者: 木虎海人


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 卵殻の兵器


 ゴブリンは待ち伏せが常套だ。

曲がり角、影、崩れかけた壁。

そういう場所に潜み、飛びかかってくる。


 雨木は前回、それを食らって動きが止まった。

二度と同じ無様は許さない。


「なら、先に突っ込ませりゃいい」


 雨木は買ったばかりの作業服の上着を脱ぎ、バールの先に引っ掛けた。

角を曲がる前に突き出せば、一瞬だけ人の肩や頭に見えるはずだ。


 疑似餌。

緊張状態なのはお互い様だ。

こちらが必死なら、向こうもまた必死。

そしてその緊張が、視界を狭く、鈍くさせる。


 囮に食いついた瞬間、叩き潰す。


息を殺し、上着を揺らしながら曲がり角へ差し入れた。


――ガッ。


 影の奥から飛びかかる爪が、まだ新しい布を裂いた。狙い通り。

その動きに合わせ、雨木は横合いから踏み込み、左腕を回した。

トンファーが手のひらの中で回転し、横に薙ぐ。


――ガギッ。


 骨の軋む感触が左腕に返り、ゴブリンの体は石床を転がった。

すぐにバールを振って上着を外し、高く振りかぶる。

転がった影が起き上がるより早く、体重を乗せて振り下ろした。


――グシャリ。


 湿った音と共に痙攣が止まり、光に呑まれて消える。

残されたのは、鈍く光る小さな魔石ひとつ。


雨木はそれを拾い上げ、ポーチへ収める。


「……よし、次だ」





 囮を罠に、トンファーとバールで何匹も仕留めるうちに、動きが落ち着いてきた。

初回の挑戦よりも息が整い、足も軽い。

慣れと工夫で効率が変わるのを実感する。

気づけば、すでに十匹近くを倒していた。


「……そろそろ、アレを試してみるか」


 雨木がポーチから取り出したのは、小さな卵殻だった。

生卵に穴を開けて中身を抜き、乾かしたあと、

小麦粉、胡椒、七味唐辛子を詰めた即席の目潰し兵器。


 もちろん、一種類ではない。

小麦粉・胡椒・七味を三等分で混ぜた“基準ブレンド”。

胡椒を多めにしたもの。

唐辛子を主体にしたもの。

さらに小麦粉だけを詰め、視界を塞ぐ狙いのものもある。


 作っている姿を思い返すと、雨木は我ながら滑稽だったと思う。

新聞紙を敷いたキッチンに卵を並べ、計量スプーンで粉を配合する。

三十を過ぎた男が夜中に卵の殻へ粉を詰めている光景は、客観的に見れば怪しい儀式のようだろう。


 だが、雨木の戦場はダンジョンだ。

工夫ひとつで敵の動きが止まる。

ならば、何でも試す価値があった。


「……まずは基準、だな」


 卵殻の表面に書かれた小さな三角マークを確かめる。

三角の線は全て黒マジックで描かれている。

線の色で中身を判別する仕組みだ。


赤の線が増えるほど七味が多く、

青は胡椒が多く、

黄色の線が増えれば小麦粉が多いという意味になる。


黒線の三角は、“三種を均等に混ぜた基準ブレンド”だ。


 投げる前に割らないよう、そっと殻を持ち上げて角をうかがう。

囮を差し入れると、影の中から牙を剥いたゴブリンが飛び出した。


 ――パアンッ。


 乾いた音と共に粉が弾け、霧のように舞った。

狙い通り、顔にまとわりついた小麦粉が視界を奪い、胡椒と七味が粘膜を焼く。


「ギャアアッ!」


 ゴブリンは悲鳴を上げ、床を転げ回る。

隙だらけの頭にバールを叩き下ろし、光に変えた。


「いいね……これなら悪くない」





 次は七味――唐辛子を主体にした殻。

赤の線が二本入った三角マークを確かめ、角の前に構える。


 囮を突き出し、飛び出した影に狙いを合わせて投げる。


 ――パアンッ。


 赤い粉が広がり、ゴブリンは両目を押さえて絶叫した。

涙と鼻水を垂れ流し、壁に頭を叩きつけながら暴れる。


「……えぐっ。俺も眼鏡か、ゴーグルしといた方がいいかもな」


 隙を逃さずバールを振り下ろす。

骨の感触、そして光。

魔石を拾い上げ、ポーチに収めた。





 三つ目は胡椒を主体にした殻。

青の線が二本引かれた三角マークを確認し、次の角で構える。

囮を差し入れ、飛びかかってきたゴブリンに向かって卵殻を投げつけた。


 ――ヒュッ。


 だが、狙いがわずかに逸れた。

殻は石壁に当たり、粉が宙に散る。


「……チッ」


 ゴブリンは方向を変え、飛びかかってくる。

目前まで迫る牙。

反射的に腰をひねり、雨木は横蹴りを叩き込んだ。


――ドガッ。


 安全靴越しに返って来る骨の感触。

ゴブリンは壁に叩きつけられる。

呻いたところへ、トンファーとバールを続けて叩きつけた。

光が弾け、魔石が残る。


「……外せば馬鹿な悪戯でしかねぇな。結局最後は、自分の身体が武器。道具に頼り過ぎるのも危険だ」


 もう一つ胡椒殻を取り出し、次は慎重に投げる。


 ――パアンッ。


 粉が弾けた瞬間、ゴブリンは目ではなく鼻と喉を押さえ、咳き込んだ。


「グガッ……ゴガッ、ギャアアアッ!」


 喉を鳴らして咳き込み、呼吸ができずに床をのたうつ。

涎と涙を撒き散らし、まるで溺れているような有様だ。


「なんか…………目より、鼻の方が利いてないか?」


 雨木は一瞬、考え込んだ。


 仮説が浮かぶ。

もし嗅覚が主な感覚器官なら、何度も待ち伏せされていることに説明がつく。


 床を転げるゴブリンの頭に、バールを叩き込む。

光が弾け、戦果がひとつ増える。





 囮を差し入れ、卵殻を投げ、トンファーとバールを振るい続ける。

気づけばポーチの中で魔石が十個を超えていた。

どこで何匹仕留めたか、もはや正確には覚えていない。


 ふと足を止めると、目の前に石造りの階段が口を開けていた。

石段は下へと続き、冷たい風が吹き上げてくる。


「……もう階段か。順調だな」


 前回は一階層の途中で引き返した。だが今は違う。

囮も卵殻も試せた。失敗もあったが、成果も十分だ。


「……よし。もう一層、行ってみるか」


 階段に足をかけた瞬間、空気の重さが変わった。

湿気と鉄臭さが混じった冷気が肺に刺さる。


――ここからが本番だ。



※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを利用して調整しています。



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