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現代にダンジョンが出来たので好色に生きようと思います  作者: 木虎海人


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18/30

 ポータルの前で


― 熊澤恵美 視点 ―


 午前十時ちょうど。駐屯地にサイレンが鳴り響いた。

いつもならただの時報。なのに、今日は胸の奥まで響く。

時刻を告げる合図であり、新人研修の開始を告げる合図でもある。


 ここは東京都から川を渡った先の街にあるゴブリンダンジョン。

稼ぎは低いくせに危険度はそこそこ高く、ダンジョンに潜る冒険者には不人気な場所だ。


 視線の先では、銀色の靄が楕円形に揺らめき、地面に対して垂直に“立って”いる。

異空間接続ゲート――通称ポータル。何度見ても、背筋に冷たいものが走る。

その前で待機している今日の研修生、雨木楓真はベンチに腰掛け、静かに呼吸を整えていた。


「珍しい物を持っているな? それは使えるのか?」


護衛役のスキンヘッド自衛官、ヤマタが声を掛ける。

雨木は顔を上げ、軽くトンファーを回して答えた。


「カンフー映画みたいに、って言われたら無理ですね。使えません。

でも振り回すだけなら出来ます。なので使えるって言えば使えますよ。

昔、空手をやってた時にちょっと教わったくらいですけどね」


その動きは軽い冗談めいていたが、手首の軌跡は淀みなく、形だけの所作ではなかった。

ほんの数秒のやり取りなのに、周囲の空気がわずかに変わる。


(もっと狂犬みたいな、荒々しい人が来ると思ってたんだけど……)


 今朝、配属以来可愛がっている後輩が半泣きで「代わってください」と頼み込んできた。

その子は雨木を知っているらしく、“黒騎士”というあだ名や、大会で審判を殴った事件を興奮気味に語った。

 正直、聞けば聞くほど関わりたくない相手だったが、泣きついてきた可愛い後輩を突き放す気にはなれなかった。



 研修地へ来た元黒騎士、雨木楓真を見たヤマタやカブたち、有資格者の言葉を思い出す。


「……今日の研修生、かなり強いな。何かやってる奴か?」


「経歴だと昔ちょっと空手をやってただけ、みたいだぞ。だが、こいつはダンジョンに気に入られそうだ」


「同感だ。背も高いし、ヒョロちくもねぇ。ちゃんと鍛えてる奴だ」


「今日もつまんねえ研修かと思ってたが、こりゃ~期待できるな」


 彼らにとっては、ただの雑談の延長だったのかもしれない。

だが資料を見ずとも、噂を知らずとも、一目で違うと断じた。

その確信の響きが、妙に耳に残った。

「ダンジョンに好かれる」

私には分からないその感覚を、彼らは当たり前のように感じている。

その差を突きつけられたようで、胸の奥がひやりとした。


 ――私はノービスだ。

ダンジョンに入ったが選ばれなかった者の呼び名で、選ばれた者にとっては蔑称に近い。

空間酔いはなかったが、ダンジョンから力を与えられなかった。

そんなノービスは、異動があってもダンジョンのある地域にしか回されない。手当は付くが、仕事内容はほとんど“客寄せパンダ”だ。


(愛想も良くて、上に気に入られてる娘には、こんな危ない仕事は回らない……)

(そんな子に限って“外の男性と出会いがあっていいですね”なんて呑気に笑って言ってくる。ゴブリンダンジョンの現実なんて知りもしないくせに)


ゴブリン系の魔物しか出ないくせに、妙に小狡く危険で、しかも稼げない。

だから冒険者も寄り付かない。

そんな場所に私は今日も立っている。


「じゃ、先に入って確認してくる」


 ヤマタともう一人、同じく護衛の自衛官カブこと鏑木がポータルへ歩み出る。

中に入る前に必ず安全確認を行うのは決まりだ。

二人の背中が銀の靄に吸い込まれるように消えた。


私はその間も、雨木を横目で観察していた。

普通の新人なら落ち着きのなさが滲み出るものだが、彼は動きが少なく、呼吸が一定だ。視線も無駄に泳がない。


(……やっぱり、普通じゃない)


やがてヤマタが戻ってきた。


「クマ、安全確保。問題なし」


短く告げられ、私は頷く。

ファイルを閉じ、雨木に向き直った。


「雨木さん、準備はよろしいですか? それではポータルへお進みください」


男は静かに立ち上がり、一切のためらいなく歩き出す。

銀色の靄が揺らめくその向こうへ。


その背を見送りながら、私は胸の奥に小さなざわめきを覚えていた。

それは警戒なのか、興味なのか。


その背を見送りながら、私は胸の奥に小さなざわめきを覚えていた。

それは警戒なのか、興味なのか。


それでも、次にすることは決まっている。今日の研修を滞りなく進めなければならない。

軽く頭を振り、私はポータルの中へと足を踏み入れた。


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