外部監察官・美濃原道三
午後の霞が関。
特殊空間管理省――その会議室の一室で、外部監察官・美濃原道三は腕を組み、窓の外に視線をやった。
その鋭い目は、先ほどまで相手をしていた男――雨木楓真を思い返している。
胆力のある声で、真正面からぶつかってくる。
ただ声が大きいだけの吠え声ではない。言葉の芯が揺らがず、相手を真正面から射抜く圧がある。
その目に宿る力は、怯むという選択肢を最初から知らないようだった。
あの場の空気ごと押し返すような迫力――あれを見せられる者は、そうはいない。
(面と向かってあんな口を利かれたのも……久しぶりだな)
目の奥にわずかな愉悦を宿し、口の端だけが吊り上がる。
廊下を流れる冷気と紙の匂い。どこの省も似たような景色だが、ここは少し違う。
――未知を扱う省庁には、常に沈黙が漂っていた。
やがて会議の時刻になり、省の中枢を担う四席が顔を揃えた。
政策統括審議官・卯月。静かに潮を動かす策士。
管理局次長・狗道。金の巡りを国の血脈と呼ぶ現実主義者。
対策局長・狼山。戦場の外から現場を見つめ、冒険者の命を最前線に預ける指揮官。
そして外部監察官・美濃原――沈黙の裏で省を見張る影の目。
四人は表向きこそ協力関係だが、水面下では次期省長の座を巡り、静かな火花を散らしていた。
「聞いたぞ、美濃。なんでも糞生意気な新人に、ずいぶん舐めた口を利かれたらしいじゃないか」
口を開いたのは狗道。目が笑っていない。どうやら、先ほどの件をもう耳に入れているらしい。
「昔なら、その場で黙らせていただろうに……マムシの美濃原も、ずいぶん丸くなったもんだな」
狼山の声は低く響き、豪快な笑いがあとを引く。
「くくく……若い奴の相手が大変なら、無理はするな。一線を退いても仕事はいくらでもある。最近のダンジョン需要で、仕事は山積みだからな」
「ふぅん……面白い奴だったのか?」
卯月が口角をわずかに上げる。
「あんたに食って掛かる度胸のある奴なんざ、そうそういないだろう。馬鹿か、それとも……」
言葉は柔らかいが、明らかに探りを含んでいた。
「さて、どうだかな」
美濃原は肩をわずかにすくめ、煙のように言葉を流す。
余計な種明かしはしない――その沈黙が、逆に三人を黙らせた。
話題は次第に実務的な報告へと移っていった。
各局の進捗、契約の更新、今期予算の配分案。省の仕事は地味だが重い。書類と数字が積まれるほど、現場の空気は冷えていく。
狗道が資料をめくりながら淡々と報告する。
「魔石の民間供給のルートが不安定だ。大手企業はどこも配分を増やせと騒いでいる。政府が独占していると市民が喚いているのは、もう知っての通りだ」
狼山は冒険者枠の確保を主張し、美濃原は現場人員の再選抜を求める。
卯月は資料に目を落としたまま、静かに課題の優先順位を整理していく。
四者はそれぞれ問題の解決を図るが、視線の先は誰も同じではなかった。
ダンジョン省は、省庁の中でも最も若い組織だ。
四人の幹部の仕事量は多く、課題も多い。
答えが出ないまま、案件が次へと移ることも少なくない。
やがて場は、別の案件へと移った。卯月が静かにページをめくり視線を上げる。
卯月の声は淡々としていた。数字と同じように、人の命も項目の一つとして並ぶ。
「今月だけで三件。いずれも女性冒険者が行方不明になっている。しかも全員、女性だけで組んだパーティーだ」
狗道がふんと鼻を鳴らす。
「別に珍しくもない。現場じゃよくある話だろう。戻ってこない奴は、生き残るだけの実力がなかった――ただそれだけのことだ。冒険者ってのは、そういう仕事だ」
「同感だな」
腕を組んだまま狼山が低く言い、わずかに目を細める。
「弱い奴は死ぬ。ダンジョンは、そういう当たり前が支配する世界だ。捜索だの警告だのにリソースを割くくらいなら、戦える奴を一人でも多く育てたほうが現実的だ」
「そもそも警察も自衛隊も、拠点防衛のために駐屯している。自発的に入った冒険者を探しに行く余裕は――ない」
短く、美濃原が口を開く。
「だが、なんらかの対応は必要だ。沈黙は時に、最悪の印象を生む」
それ以上は言葉を足さず、再び沈黙に戻る。
言葉の余韻が残る中、卯月がゆっくりと顔を上げた。
その瞳は探るように美濃原を見つめ、わずかに頷く。
「……同感だ。黙っていれば、憶測だけが一人歩きする。情報が先に走れば、省そのものへの不信に繋がる」
その言葉に、一瞬だけ狗道と狼山の視線が交わる。
美濃原は何事もなかったかのように腕を組み、黙り込んだ――その沈黙は、何かを仕掛ける前の静けさのようだった。
会議は一時間ほどで終わり、それぞれが予定へと散っていく。
重たい扉が、わずかに軋んで開いた。
ノックと共に、鷲倉が封筒を抱えて現れ、その後ろには、鷹見もおずおずとついてくる。
「例の新人冒険者の件、簡単にまとめました」
「ご苦労」
封筒を受け取った美濃原は、しばし書類を手の中で弄び、それから二人を見上げた。
「……お前ら、あいつをどう思った?」
先に口を開いたのは鷲倉だった。
「年齢も三十を超えてるみたいですし、態度も悪い。正直、冒険者として大成するとは思えませんでした」
(……凡庸だな。表面を見て、ありきたりな批判に終始して満足している)
視線を横に移すと、鷹見はもじもじと指を絡め、言葉を選ぶように口を開いた。
「あの……その……格好良かったと思います。美人って言ってくれましたし……」
しん、とした間が落ちる。
呆れ顔を隠しもしない鷲倉と、言ってしまってから慌てて口を押さえる鷹見。
美濃原は、ふっと口元だけで笑った。
「……もういい、下がれ」
二人は揃って一礼し、足早に部屋を後にした。
扉が静かに閉まる。残されたのは、美濃原と、机上に置かれた封筒だけだった。
「……使えるかどうかは、まだ分からん。」
一見すれば平凡だ。
だが、あの胆力。覚悟もあり、体格も備わっている。――凡庸ではない。
(他の奴に、知らない所で潰されるのは……面白くねぇな)
資料の端を、指先で軽く叩く。
その音が、夕闇に沈む室内でやけに大きく響いた。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを利用して調整しています。




