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現代にダンジョンが出来たので好色に生きようと思います  作者: 木虎海人


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14/30

 監察官はヤクザ顔


 扉が静かに開いた。

濃紺のスーツを纏った大柄な男が、音もなく室内に足を踏み入れる。


 緩くパーマをかけた髪を艶やかに後ろへ撫でつけ、胸を張ったまま歩を進めていた。

仕立ての良いスーツは派手ではないはずなのに、男そのものの存在感が強すぎて、まるで街角の組幹部が霞が関の庁舎に迷い込んだように見える。


 一歩ごとに床板がわずかに軋み、靴音が低い響きを落とす。

そのたびに圧が足元から這い上がり、空気が重く揺れた。


 鋭い目つきに笑っていない口角。

片手をポケットに突っ込んだ立ち姿は、自然と視線を引き寄せる。

足元の革靴は磨き抜かれ、床に鈍い光を反射していた。


(……おいおい、ヤクザかよ)


 雨木は無意識に背もたれから腰を浮かせた。

ここは公的機関のはずだ。

まさか間違えて裏社会の事務所に迷い込んだわけじゃないだろうな。


「か、監察官!?」


 鷹見が小さく立ち上がった。上ずった声が弾け、本人も驚いたように目を見開く。

その視線の先の男が、ゆっくりと頷いた。


「美濃原と言います。――何か問題でもありましたか?」


 声は低く、よく通る。

言葉づかいは丁寧だが、音そのものに重量があった。

響きが胸腔を震わせ、鈍い振動を残す。


(……なんだこの圧。声にまで体重が乗ってやがる)


 視線が合った瞬間、背中の筋肉が勝手に強張った。

怒鳴られたわけでもないのに、心臓が半拍速くなる。

大型犬に正面から睨まれた時のような、原始的な恐怖が体の奥をくすぐった。


(ああ、間違いねぇ。こりゃ完全にヤクザの目だ)


 横で鷹見が「あ、上司の……」と言いかけ、慌てて口をつぐむ。

名前だけは公務員らしいが、見た目はどう見ても極道。


「端末の件で揉めてるように聞こえたんですが――」


「そりゃ揉めるだろ。こんな馬鹿高いもん、いきなり買えと言われて、はいそうですかって素直に払えるかよ」


 語尾が、わずかに棘を帯びた。

美濃原は薄く笑う。その笑みですら、威圧の上塗りにしか見えない。


「何か問題でもあったなら、私が伺いますが?」


声は低く、柔らかい――はずなのに、胸の奥に重石を置かれたような圧が残る。


(……来たな。先に美人おんなで油断させておいて、文句を言ったらヤクザが出てくる。定番だな)


雨木の口元がわずかに吊り上がった。


「はっ。お高いもん買えって美人を付けといて、文句言ったらヤクザが出てくる。いかにもだな。

どこの新興宗教だ? それとも新手のネットワークビジネスか?

強面が出て来たからって、はい買いますと頭を下げると思うなよ!?」


 一瞬、美濃原の笑みが止まった。

空気が、カチリと音を立てて切り替わる。


「……おいおいおい、人が下手に出てりゃ付け上がりやがって」


 声が低く落ち、言葉の端に棘が混じる。


「だぁれがヤクザだくらぁ、小僧!」


「はぁ? 鏡見たことねぇのか? その風貌と圧力、どう見ても公務員じゃなくて反社会的勢力だろうが!」


「なにおぅ!! どっからどう見ても国家公務員だろうがぁ!!」


「見えるかボケェ!! どう見てもヤクザの幹部だろうが!!」


 机を挟んでの睨み合い。

美濃原は背が高く、厚い肩幅と相まって壁のように見える。

圧が肌を刺す――それでも、雨木は引かなかった。

横で鷹見は、目を丸くしたまま動けずにいる。



 沈黙を割くように、澄んでいながら鋭い声が響いた。


「ちょっとぉ! なんで喧嘩してるんですか!!」


 ドアの向こうから、一人の女性が勢いよく現れる。

肩までの髪を下ろし、きりりとした目元が理知的な印象を与える。

切れ長の瞳が細まり、視線が交互に二人を射抜く。


「やめてください! そもそも鷹見さんがちゃんと説明したんですか!?」


「……したんだよな? 鷹見?」


美濃原の声が低く落ち、場の視線が一斉に鷹見へ集まった。

鷹見はびくりと肩を跳ねさせ、口を開きかけて止まる。


「……美人、美人って……」


 か細い声がこぼれた。視線を机に落とし、指先で書類の端をいじる。

耳の先まで真っ赤だった。


(えぇ!? 照れたの!? ちょっと美人って言っただけで??

怖がらせたんじゃなくて良かったけど、想像以上にポンコツじゃねぇか……)


苦笑いが漏れる。


「そういえば、買えと言われただけで、何の説明もされてないな」


「ほーらー。やっぱり鷹見さんのミスじゃないですか」


新しく現れた女――先ほどの鋭い声の主がそう言うと、美濃原が額を押さえた。

雨木はそれを見て、つい鼻で笑ってしまう。


だが、次の瞬間。


「仕方が無い。お前、鷲倉だったな。代わりに小僧に説明してやってくれ」


 美濃原が顔を上げ、静かに言った。

鷲倉と呼ばれた彼女は、ぱちくりと瞬きをする。


「え、なんで私が?」とでも言いたげに肩をすくめ、口を開きかけて閉じた。


「説明はありがたいけど、小僧はやめろよな。どう見てもヤクザのおっさん。俺はこれでも三十超えてんだぞ。雨木、雨木楓真だ。アマギで良い」


その言葉に、美濃原の目が細まり、ギロリと光を宿す。

次の瞬間、口元にゆっくり笑みが浮かんだ。


「はっ。三十なんてまだ小僧じゃねーか。だったらお前もヤクザは止めろ。さっき名乗っただろ、美濃原だ。

この特殊空間管理省で外部監察官を勤めている。美濃原さん、と呼べ」


「ジジイで充分だ」


 雨木も笑いながら返す。


 二人して笑みを浮かべたまま、視線を外さない。

互いの口元は笑っているのに、目の奥は一切緩まない。


 さっきまで張り詰めていた空気は、少しだけ和らいだ。

それでも静かな火花が、じりじりと散り続けている。


 鷲倉はそんな二人を見やり、やれやれとため息をついた。

テーブルの横に腰を下ろすと、雨木の裾を軽く引く。


(……やれやれ。大丈夫かよ、ダンジョン省。先が思いやられる。

やっていけるかな、俺。なんか自信なくなってきた)


 頭をかきながら、雨木は小さく息を吐いた。


※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを利用して調整しています。

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