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現代にダンジョンが出来たので好色に生きようと思います  作者: 木虎海人


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12/27

 たれ目ポニテと引き出し地獄


霞が関の空は白く曇っていた。

ダンジョン研修から二日後、雨木楓真は再びダンジョン省の中を進んでいた。


 案内メールに従い、いくつもの廊下を曲がり、階を上がり降りして、ようやく担当部署にたどり着く。

来るのは二度目だが、相変わらず面倒だった。

毎回経路が変わるのはセキュリティのためだと分かっている。

それでも、この複雑さはほとんど迷路だ。

雨木は(来ないで済むなら、来たくないな)と小さく思った。


 今日の目的は、仮免を飛ばして正資格を得るための手続きだった。

研修のあと帰らず、そのままもう一度ダンジョンに入った――ただそれだけのこと。

だが、そんな例はほとんどないらしい。


受付ブースで対応した女性職員が、露骨にあたふたしていた。


「す、すすす、すいませんっ……! えっとですね、通常は研修を受けたあとに、もう一度ダ、ダンジョンに入ることはなくて、ですねっ」


「はい?」


「あ、いえっ、雨木さんがルール違反だということではないんです! その、普通はですね、研修が終わったら一度帰るんですけど……雨木さんは続けて入られたので、ちょっと手続きが追いついてなくて……!」


 名札には「鷹見 柚羽」とあった。

紺色のパンツスーツに身を包み、長いポニーテールが揺れる。

たれ目がちな瞳は本来やわらかい印象のはずなのに、焦りで泳ぎっぱなしだった。


 雨木も帰ってから知ったことだが、普通は先輩冒険者と一緒に入るか、SNSで仮免仲間を募ってやるらしい。


 雨木は穏やかな声で返した。


「無効とか言われなきゃ、それで構いません。確認して手続きをお願いします。もう一度魔石を取りに行くのは、さすがに面倒なので」


 役所特有のこの空気は、雨木も予想していた。

対応してくれている鷹見の戸惑いも察せる。

今日の予定は、最初から一日分を空けてある。

慣れた様子で手続きを見守り、相手の戸惑いにも表情ひとつ変えない。

このあたりの立ち回りは、社会人として身についた癖のようなもの(スキル)だ。

焦る理由も、急ぐ理由もない。



 それにしても、二日前の出来事は大変だったと雨木は思い返す。


あの日、彼は十六個の魔石を持ち帰っている。

入口付近でいきなりゴブリンの群れに囲まれ、命がけで突破したあと、魔石の不足分を獲りに奥へ進んだ。


 そこから先も、どうにもついていなかった。

次から次へと敵が現れた。

息は荒く、腕は痺れていたが、心だけは不思議なほど静かだった。

一度経験したことで、恐怖の感覚が削ぎ落とされていたのだろう。


襲いかかるゴブリンを、淡々と叩き伏せていった。

その姿は戦闘というより、与えられた作業をこなす労働者に近い。

何とか無事に怪我もなく、地上へ戻ることができた。


 後に聞けば、間引きがひと月以上行われていなかったという。


「そういや、そろそろ間引きの時期じゃねえか?」

「だな。なら、中でゴブリンどもが溢れててもおかしくねぇな」


 帰り際、ヤマタとカブが笑って言った。


 おそらく、わざと黙っていたのだろうと雨木は察する。

彼らは仕事でここにいる。

ダンジョンに自己責任で入るのが冒険者だ。「危ないからやめろ」と言う方が筋違いだろう。

そしておそらく、言われても雨木はやめなかった。


 戦利品は十六個の魔石。

換金額は一個あたり二千円で、合計三万二千円。

そこから税金が引かれ、後日口座へ振り込まれる仕組みになっている。


 問題なのはその振込先の登録だった。

本来なら、仮免許証と一緒に送られてくる振込依頼書で行うらしい。

だが、雨木はその仮免の段階を飛ばしてしまった。


 担当の警察官、熊澤がダンジョン省に電話を入れ、事情を説明してくれている。

それで郵送が止められ、今日の来庁予約を取り直した――今ここにいるのはそのためだ。


(電話であれだけ話したのに、当日の担当者が別人ってのはさすがだな)


 そんな苦笑を内にしまいながらも、雨木はこの省に悪印象を抱いていない。

退職のトラブル時にダンジョン省の職員に助けられた過去があるからだ。

それに、今回の担当――鷹見柚羽は、彼の好みにも合っていた。


 たれ目に焦りが滲み、真面目さと不器用さが同居していた。

そんな彼女のポニーテールが揺れるたび、目で追っている自分に気づいていた。


 もしこれが電話で話した男性職員だったなら、イライラしか残らなかっただろう。


 鷹見は、キャビネットの引き出しを次々と開けながら書類を探していた。

動きに余裕がなく、手元の震えがそのまま焦りを映している。


 雨木は椅子に腰を下ろしたまま、その様子を静かに眺めていた。

焦りで半泣きになりながらも、真面目に探す姿勢には悪意がない。

その分だけ、見ている側の気持ちを複雑にする。


(同僚だったらキレてるな。引き出し、全部開けっぱなしだし)


 それでも、彼女には怒る気が起きなかった。

そう思いながら、小さくため息をついた。


やがて――

「ありましたぁ!」

弾む声とともに、鷹見が資料らしきものを手に戻ってくる。


 だが、ページをめくるうちに表情が沈んでいった。

どうやら、そこにも「仮免スキップ」の手順は載っていないらしい。


 雨木は椅子越しに声をかける。


「こういう時は上司に相談ですよ。……その資料に答えがないなら、聞いたほうが早いです。ほら、引き出しも閉めて」


 周囲の職員たちの視線が刺さる。

鷹見がきょとんと目を瞬かせた。


「えっ……わ、私がですか?」


 自覚はないようだった。

その無防備さに、雨木は一瞬言葉を失う。

胸の内で小さく息を整え、努めて穏やかに口を開いた。


「誰がやったかより、先に閉めちゃった方が早いですよ。あと、分からないことも早めに聞いたほうがいい。そこに載ってないなら、なおさらです」


「……そ、そうなんですね。やってみます」


 鷹見は小さく頷くと、書類を抱えたまま奥へ向かった。

タイトなスーツに包まれた腰が揺れ、ヒールの音が廊下に遠ざかっていく。


 雨木はその背を目で追いながら、背もたれに軽く体を預けた。

真面目に働いているだけなのに、どうしてこうも色っぽく見えるのか。

自分の性分を苦笑まじりに呑み込みながら、椅子の背にもたれた。



※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを利用して調整しています。

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