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現代にダンジョンが出来たので好色に生きようと思います  作者: 木虎海人


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 初単独行動




 立入禁止区域から外に出ない限り、同じ日にダンジョンへ入り直すことは認められている。


 新人研修を終えたあとも帰る気になれずにいた雨木に、ヤマタが教えてくれたことだ。

もちろん無理は禁物だが、あくまで“自己責任”の範囲で再入場は可能だという。


 ならば、行くしかない。

ここまで来て入口を覗いただけで帰るのは、どうにも雨木の性に合わなかった。


 ゴブリンダンジョンは勿論、ダンジョンに一人で入るのはこれが初めてのことだ。

軽く息を整え、足を踏み入れる。湿った空気が鼻の奥をくすぐった。


 静かだった。

空間酔いもなく、天井の発光石がぼんやりと足元を照らしている。

それ以上でも以下でもない明るさだ。


 少し先が見えないだけで、こんなにも心細くなるとは思わなかった。


 雨木は立ち止まり、周囲を確認する。今なら問題ない。

小さく息を吸い込み、低く呟いた。


書を解放せよ(グラン・レコルド)


 空間がかすかに震え、黒い本が彼の前に現れる。


 最初に開いたページには三つのカードスロットが並んでいた。

それがスキル・レコルド――スキルカードを差し込むことで能力を発動できる領域だ。

冒険者にとって、最も重要な機能に違いない。


 ページをめくると、今度は九つのスロットが現れる。

こちらはアイテム・レコルド。使わないカードを保管し、地上にも持ち出せるページだ。

ヤマタの説明によれば、レコルドを持つ者は持ち込んだ物品すらカード化できるらしい。


 雨木はまずそれを試すことにした。

持ちこんだ武器は二つ。手にした鉄製のバールと、腰に下げた木製のトンファーだ。


「現象を転写せよ《レコルド・カード》」


 光が瞬き、バールが淡い輪郭を残して消える。


名称:バール

種別:武器

属性:金属

等級:C

耐久性:高

備考:棍棒系・片手使用可


 続けてトンファーも掲げると、同じようにカード化された。


名称:トンファー(二本一組)

種別:武器

属性:木製

等級:D

耐久性:中

備考:棍棒系・二刀流可能


 それらをアイテムページのスロットに差し込む。

カードは音もなく沈み込み、ページに馴染んでいく。

その整然とした光景に、雨木の胸の奥で小さな高揚が灯った。


「開封せよ《リリース・カード》」


 カードを抜き取って呟くと、ふわりと宙に浮かび、次の瞬間バールが右手に戻ってくる。

摩訶不思議現象。だが、驚きよりも理解の方が早かった。


「……ま、考えても仕方ない。そういう仕組みだと思って受け入れるしかないな」


 考えるべきは理由ではない。どう使うかだ。


(鞄や箱に詰めてカード化すれば、一枚にまとめられる……って言ってたな)


 次にダンジョンへ入るときに持ち込む荷物を思い浮かべながら、雨木は本を閉じた。


「書を封印せよ《セレス・レコルド》」


 黒い本は音もなく溶け、空気に消えた。


(荷物をカード化すれば、手ぶらで動ける。確かにそれは大きな利点だ)

(だけど、それはまだ表面の話だ。真に重要なのは……もう一つの方――)


 スキル・レコルド。

スキルカードを挿すことで、そのカードに対応した能力を引き出すらしい。


(なるほど…… 冒険者って言葉はよく耳にするようになったけど、実際に何をしてるのかが表に出て来ない訳だ)

(このカードを手に入れ、そして扱えるようになる――それが冒険者としての第一歩、ってことか)


 おそらく、それはダンジョンの中でしか得られない。

詳しい説明はなかった。

案内してはくれたが、彼らの役目はあくまで試験官――それ以上でも以下でもない。


 スタートラインには立った。

あとは自分で考えて動く。

それがこの先、雨木楓真が生きる――ダンジョンという世界。




 再び足を進める。

石と土の入り交じった足場を踏みしめながら、ゆるやかに曲がる通路を抜けていく。


その瞬間だった。


「ッ……!」


 反射的に身体が動いた。

視界の端をかすめて影が飛びかかる。

咄嗟に身を引き、重心を滑らせるように後ろへ。


 次の瞬間、腹の前をかすめる風が走った。

ゴブリンの爪だと気づいたのは、その一拍あとだった。


(いきなり来るなよ……!)


 喉まで出かかった声を飲み込み、左手のトンファーを振るう。

手の中でトンファーの柄が回転する。狙いをつける間もなく、身体が勝手に振り抜いていた。


──ガンッ。


 鈍い音とともに、衝撃が手首を通って腕の奥まで走る。

目の前のゴブリンが吹き飛び、壁に叩きつけられた。


 だが、息を整える暇はない。


「……くそったれ」


 呻くように言葉が漏れる。

視界の先、さらに二体が姿を現した。

灰緑色の肌に尖った耳、つぶれた鼻。

剥き出しの牙と黒ずんだ爪が、どれも汚れと血で濁っている。

身長はせいぜい百センチほど。だが全員が、同じ敵意を持ってこちらを見ていた。


(あれ、絶対雑菌いるよな……破傷風、敗血症、笑えねえ)


 冷や汗と皮肉が同時に滲む。

雨木は右手のバールを構え、左手のトンファーを握り直した。


 二体のゴブリンがじりじりと左右に散る。

包囲される前に、一歩踏み込む。

左脚で腹を蹴り上げると、乾いた音が響き、一体がよろめいた。

その隙を逃さず身体をひねり、通路の奥へと飛び退く。


だが――抜けきれなかった。


暗がりの奥から、さらに一体。

通路を這い出すようにして、四体目が姿を現す。


「……おいおい、さっきまで足音なんて、してなかっただろ」


 背中を伝う汗が冷たい。

石壁とゴブリンに囲まれ、逃げ場は限られている。


 左手のトンファーを握り直す。

右手のバールが、じっと汗ばんで重い。


(落ち着け。やれる。体格は子供だ。武器はある。リーチで勝ってる)


 鼓動が耳の奥でやけにうるさい。

だが、その音に意識を向けた瞬間、沈んでいた感覚がふっと浮かび上がった。


(落ち着け……戦い方は、何年も叩き込まれてきただろ)


 雨木が空手をやっていたのは十年前だ。

気力をなくし、就職して、時間もなくして――やめた。

 けれど、身体はまだ覚えている。

技も、間合いも、呼吸も、恐怖との付き合い方も。


(あの頃は、自分よりでかい相手とだってやり合ってきたじゃないか)


 爪が光り、牙が唸る。

そのすべてが、殺意の形を取って迫ってくる。


(押さば押せ、引かば押せ。恐れるな。避けるのは良い、でも心は絶対に退くな)


 雨木は一歩、前へ。

低く構え、間合いを測る。


右手にバール。左手にトンファー。


四対一――だが、戦えない理由にはならない。


今の彼には、過去がある。

錆びついた技でもいい。

この場で彼を支えるのは、それしかなかった。



※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを利用して調整しています。

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