7 北方騎士団休憩室にて
少年とメイドとはここで別れ、シャノンはディエゴに連れられて騎士団棟に向かった。騎士団棟は本城とは別棟だが、廊下でつながっている。
また普通の騎士団棟なら練兵場が庭にあるが、積雪期でも使えるように地下に造られているという。王都は地下があまり発達していないので、地下に広い練兵場があるというのはなんとも不思議な感覚だった。
城に到着したのが夕方だからか、あまり人影はない。そのため、ほぼ誰にも会うことなくシャノンは騎士団棟に入り、休憩室だという部屋の前まで来ることになった。
「じゃあ、こっちだ。まずは皆に挨拶をしてね。新人事務官が来ることは先に手紙で知らせているから、皆事情は分かっている」
「かしこまりました」
ディエゴの案内を受けてシャノンは返事をするが、少し声が裏返ってしまった。
(大丈夫。馬車の中で何回も挨拶の練習したし、笑顔だって作れる)
ディエゴは「騎士団員は、気さくでいいやつばかりだ」と言うから、きっと新入りだからといって敵視されたりいじめられたりはしないだろう。とはいえ、王国北部を守る北方騎士団というだけあり、気難しい人もいるかもしれない。
(第一印象、頑張らないと……!)
すうはあと何度も深呼吸して、ディエゴが部屋のドアをノックするのを見守る。
「皆、いるか? 新人事務官を通すぞ」
ディエゴが一言断ってから、ドアを開ける。長身な彼が先に入ってから、シャノンも緊張しつつドアをくぐり――
「おおっ、そこにいるのが新人か!」
「やけに小さいな! まだ成人したてか?」
「やだちょっと、ディエゴったら、こんなかわいい子がうちに来て大丈夫なのぉ?」
やいのやいのと騒ぎ立てる騎士たち。ディエゴは「おまえらうるさいな……」とぼやくが、彼の後ろに立っていたシャノンはぽかんとしてしまった。
部屋には、二十名ほどの騎士たちがいた。ざっと見てほとんどが男性で、女性が三人ほどだろうか。皆、レザーアーマーの上に防寒用のコートを着ており、護身用と思われる剣を腰から下げている者もいる。
だがシャノンが驚いたのは、騎士たちの格好ではない。少し意匠は違えど王都にも騎士はいたので、こういった身なりには見慣れているのだが。
(な、なんだか皆、大きくない……?)
ディエゴもなかなかの長身だが、皆ディエゴ以上の高身長でかつ、体格もよかった。馬車で一緒になった少年とメイドとは比べものにならないほどのでかさである。
立派な髭を蓄えた男性騎士が椅子から立ち上がり、のしのしとシャノンの方にやってきた。まるで猛獣のような見た目の巨漢が迫ってきたため、思わずシャノンは後ずさってしまう。
「よく見て見れば、うちの娘くらいじゃないか! まだ働きに出るのは早いだろう!」
「待て、彼女は成人済みの女性だ」
「……嘘だろう?」
「嘘、ではありません」
ディエゴに突っ込まれた大男が呆然として言うので、シャノンは咳払いをしてからスカートを軽く摘まんでお辞儀をした。インパクトにやられて、挨拶を失念していた。
「お初にお目にかかります、シャノンと申します。家名はございませんので、どうか名前でお呼びください」
「えー、やだやだ! お人形さんみたいでかーわいー!」
猛獣男を押しのけてやってきたのは、三人の女性騎士たち。一人は男性陣より若干小柄というほど背が高く、もう一人は筋骨隆々で、もう一人はシャノンより少し大きいというくらいだが非常に体格がいい。
シャノンと同じか少し年上くらいだろう彼女らに三方向を囲まれてシャノンはひっと息を呑むが、女性騎士たちは目をらんらんと輝かせて迫ってくる。
「なになに、今のお辞儀、超かわいかった!」
「てかなんでこんな薄っぺらい服を着てんの? 寒いでしょ? お腹冷えるよ?」
「ねー、ディエゴ。こんなちっこい子がうちで過ごすのは大変だよ! ふっかふかの服を買ってあげなよ!」
「もちろん、予算から出す予定だ」
ディエゴは呆れたように言ってから、女性騎士たちからシャノンをかばうように間に割って入った。
「……彼女にもいろいろあるのだが、事務員としての能力は十分だ。仲よくしてやってくれ。それから……年齢は二十一だと聞いている。そうだな?」
「あっ、はい。二ヶ月ほどで、二十二歳になります」
「ええー、マジ?」
「あたしと同い年じゃん!」
「モージズのところのお嬢ちゃんって、十六歳だっけ? 確かに十分それくらいに見えるわぁ!」
シャノンの年齢を聞いた女性騎士たちはもちろんのこと、男性騎士たちはぽかんとしている。彼らは本当に、シャノンのことを未成年の十六歳くらいだと思っていたようだ。
(でも確かに、皆揃いも揃って大柄だものね……)
王都では「でかい令嬢」扱いだったシャノンも、ここでは未成年のお嬢ちゃんサイズだった。
確かに実家にいた頃も、三姉妹並んでいると「末っ子さん?」と呼ばれることが多かった。シャノンの体格をあざ笑っていた姉と妹だが、純粋な顔立ちだとシャノンが一番若く見えるというのだけは、悔しがっていたものだ。
なおもあれこれ構いたがる女性騎士たちや、とっくに成人済みのシャノンを未成年扱いしたことが後ろめたいらしい男性騎士たちから距離を置き、部屋の隅にあるソファ席にシャノンを呼んだディエゴは、そこに腰を下ろしてから苦笑した。
「驚かせてしまってすまないな」
「いえ、皆様気さくで明るくて、これから楽しく働けそうだと思いました」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
シャノンの答えにディエゴは安心したように笑い、ちらと窓の外を見やった。
「ここは君がかつて住んでいた王都と同じ王国内だが、昔から王都近郊より北の地元民との関わりが多い。私は王国南部にある地方都市出身なのだが、他の者たちは皆北方で生まれ育った。北方地元民の血を継いでいる者がほとんどだ」
ディエゴの説明に、そういえば、とシャノンは北方地域についての事情を思い出す。
ここランバート辺境伯領は大昔は王国領土ではなく、数百年前の統合により王国に取り込まれた。王都からの距離が遠いことや、温帯である王都近郊と違って亜寒帯であることもあり、王国よりも北部との関わりが強い。
北方地元民は、身長が高くて体格が大きい者が多いという。髪の色も銀や金などが主流で肌の色も白いそうで、なるほど確かに部屋の奥で男女混合アームレスリング大会を繰り広げている騎士たちを見ても、北部の色を持つ者が多かった。
王国北部を広く領土として抱えるランバート地方も吸収合併された当初は田舎の男爵領扱いだったそうだが、国防の面を鑑みても高い爵位を与えるべきだと判断されたらしい。
その後、王家が積極的にランバート家との縁組みを行ったこともあり、辺境伯家にまでのし上がった。今の当主であるエルドレッド・ランバートの祖父母も、一人娘だった祖母のもとに王子が婿入りしてきた形なのだと、ディエゴが教えてくれた。
(北部の地元民の血も入っているのなら、皆私より大柄で当然ね……)
いざとなったら「壁令嬢です!」と自虐ネタを使ってでも皆に溶け込む必要があるかとも思ったのだが、不要どころかここでは不発で終わりそうだ。どう見てもこの中でのシャノンは壁ではなくて、お人形さんなのだから。
「……君は、王都で辛い思いをしてきたのだろう? 王都の煩雑さは、私も知っている。ここにいる者たちは若干馬鹿だが、人がよくて面倒見がいい。決して息苦しさを感じることはないと思う」
声を落としてやや遠慮がちにディエゴが言うので、シャノンは微笑んでうなずく。
「はい、私もそう思っています。……私、お人形さんみたいなんて言われるの、初めてでした」
「すまない。その失言をした女性騎士はラウハというのだが、後できつく言っておく」
「いえ、むしろ嬉しかったです! 私、王都にいた頃はお人形さんどころか『壁』だったので」
あはは、と笑いながら言う自分に、シャノン本人が驚いていた。
『壁の花ならぬ、壁令嬢』と笑われていたことを、こんなに軽い気持ちで言えるようになるなんて。自虐ネタどころかとうの昔に過ぎ去ったものとして処理できるようになるなんて。
(……うん。私きっと、ここでやっていけるわ)
シャノンのことを『でかい令嬢』ではなくて一人の新人――それも小柄――として扱ってくれる人たちの中でなら、きっとシャノンも笑っていられる。