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捨てられた壁令嬢、北方騎士団の癒やし担当になる  作者: 瀬尾優梨
番外編 いろいろ

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がんばれマティアス君①

2026年4月に、書籍2巻がオーバーラップノベルスfより刊行します

今回は、なろう版原作にいない人と設定が変わった人のお話です

大きなネタバレはないですが書籍2巻読了後推奨

 約三ヶ月間に及ぶ辺境伯の北方遠征が今年も無事に終了し、辺境伯城内も賑わっていた。


 北方地元民との会談のための遠征は毎年夏に行っているが、今年はエルドレッドの婚約者としてシャノンも同行している。いろいろあったにしろ一行は全員無事に帰ってこられたので、皆も安堵しているようだ。


 辺境伯城に併設された北方騎士団の棟も、騎士団長であるエルドレッドたちが帰ってきたことで皆湧いていて、廊下を歩くマティアスにもひっきりなしに声がかけられた。


「よう、マティアス。おまえも無事みたいでよかったよ」

「ああ、今年もなんとか終わったよ」

「マティアス様、お疲れ様です! また後日、相談したいことがあるのですが……」

「おう、明日なら空いているから手の空いているときに声をかけるよ」

「マティアス殿、イスト様から伝言を預かっております」

「うっ、じいさんか。ありがとう、もらうよ」


 同い年の者と気さくに肩をたたきあったり、新人騎士からお願いをされたり、若干苦手とする同僚のイストからの走り書きをもらったりしつつ、マティアスの足は北方騎士団棟の事務官室に向かっていた。


(今、シャノンはまだエルドレッドと一緒にいるから……ここには一人のはず)


 事務官室のドアの前で立ち止まり、制服の胸ポケットから出した小さな鏡を覗き込んでちょちょっと前髪を直し、咳払いを一つ。


「失礼する。マティアス・ハルトネンだ」

「まあ、マティアス様!? どうぞお入りくださいな」


 少し格好つけてドアをノックすると、中から女性の声がした。当たりのようだ。

 マティアスはふふっと笑って、ドアを開け――


「……なんでおまえがいるんだよ」

「いてはいけないのですか」

「嫁さんは元気なのか」

「元気です。私がここにいてはいけないのですか」

「嫁さんが心配するだろう、帰れ」

「言われなくても、用事は終わったので帰ります」


 なぜか目の前にむっつりとしたディエゴがいたので、マティアスの顔に一瞬前まで浮かんでいた笑みが消え去った。確かに、シャノンが来るまでの間は事務官の仕事を臨時で行っていたディエゴなのだから、彼がここにいてもおかしくはないのだが。


「おう、帰れ帰れ。……そういや、俺になにか言うことあるんじゃないか?」

「たまには、字の練習をした方がよいかと」

「ちょうどいいからって俺のコンプレックスを刺すんじゃねぇよ」

「それは失礼。……遠征、お疲れ様でした」


 ディエゴはイヤミな笑みを浮かべてそう言ってから、マティアスの隣を通り過ぎていった。ほしい言葉はもらえたのだが、なんだか負けた気分だ。


 ……ぽりぽりと頭を掻くマティアスの耳に、軽やかな笑い声が届く。


「お二人は本当に、仲がよろしいのですね」

「レイラ先生! ……ただいま戻った。俺が不在の間、困りごとはなかったかい?」


 急いで顔を上げて必殺の笑みを浮かべるマティアスに、デスクの向こうに座る中年の女性――新人事務官のレイラが、穏やかな微笑を返した。


「はい、ありがたいことに騎士団の皆様も、力を貸してくださいました。わからないことはディエゴ様が教えてくださいましたし、イスト様も様子を見に来てくださいました」

「……あのじいさんを手なずけたのか? 先生、やるなぁ」


 一応同じ副騎士団長であるもののマティアスが最も苦手とするのがイストなので、つい顔が引きつってしまう。


 レイラはふふっと笑ってから、立ち上がった。


「マティアス様、遠征お疲れ様でした。お元気そうなお姿を見られて、安心しました」

「ははっ、それは嬉しい言葉だね。……俺も、先生の麗しい笑顔を何ヶ月も見られなくて、寂しかったよ」


 そう言いながら、ずいっとデスク越しにレイラに詰め寄る。


「……今、時間あるかい? よかったら離ればなれだった間のことを、二人きりで話さないか?」

「せっかくですしお茶を淹れるので、しばらくお待ちくださいませ」


 レイラは笑顔のまま言うと、マティアスの横をすっと通って部屋を出て行ってしまった。続き部屋にある給湯室に行ったのだろう。


(……うーん)


 一人掛け用ソファに腰を下ろしたマティアスは、首をひねった。


 現在マティアスは、レイラを口説こうとしている。彼は十代半ば頃から恋愛の対象が年上の女性になり、最低でも十歳上、年齢はいくら離れていてもよし、ということで気に入った女性にアタックをしていた。


 エルドレッドをはじめとしたほとんどの者からは全く理解を示してもらえないのだが、マティアスとて無責任な甲斐性なしではない。夫や幼い子どもがいる女性は口説かない、二股をしないなどのポリシーをちゃんと持っていた。


 マティアスが好きになるのは、賢くて、自立している女性だ。保護者に守られてぬくぬくとしている女性には、興味がない。

 人生経験豊かで、商売なり労働なりをして自分の足でたくましく生きる女性が素敵だと思っている。なお顔かたちはわりと二の次で、体つきも豊満だったら嬉しいとは思うがさほど重要視していない。


 今年の春に辺境伯領にやってきたレイラは、正直かなりマティアスの好みだった。

 シャノンの元先生というだけあって二人は雰囲気がよく似ていて、若い頃に旅をしたということだからか知識が豊富でたくましい。誰かに頼りきりになったり媚びたりしないところも、マティアスとしてはポイントが高かった。


 彼女が独身で、心に決めた相手がいないことも調査済みだ。残念なことに両親を既に亡くしているそうだから天涯孤独の身だが、そういうところが健気だとも思う。


 ということなのでマティアスは熱心にレイラを口説こうとしているのだが――どれも、空振りに終わっている。


(いや、空振り以前の問題な気もするな……)


 はて、とマティアスは考え込む。


 マティアスは、我ながら顔がいい。辺境伯のはとこという高すぎず低すぎない身分で、北方騎士団の副騎士団長という役職持ち。恋人にするには十分すぎるくらいのスペックだと思っているのだが、レイラにこの魅力が伝わっているように思えなかった。


 これまでに何十人もの理想の女性を口説いてきたマティアスだが、こういう反応は初めてだった。たいていは、年下のマティアスの告白を疑いの目で見るか、あらあらと笑うか、怒るか、困るかといった反応だった。

 こんな――無視でも無関心でもない反応は未経験だった。


(なんだろう。わかっていないわけじゃないし、嫌がっているわけでもないんだよな……)


 マティアスが考え込んでいる間に、湯が沸いたようだ。

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