シャノンを守れ!①
2025年9月に、書籍がオーバーラップノベルスfより刊行しています
そちらもあわせて、よろしくお願いします
「……ぶぇちっ!」
きっかけは、たったひとつのくしゃみだった。
ランバート辺境伯領はリグラン王国の北端に位置するため、冬の寒さが厳しい。
王都で生まれ育ったシャノンにとって経験したことのないくらい厚い雪が辺境伯城を包み、外出も容易でなくなる。元々この城は積雪に堪え冬季でも移動ができるように渡り廊下や地下道などが工夫されているものの、強烈な冷えを完全に防ぐことはできない。
ということでシャノンは事務官室にて、かなり大きめのくしゃみをしてしまった。品のない音を出してしまった自覚はあるが、周りには誰もいないからいいだろう。
「なにか淹れようかな……ん?」
鼻をかんだシャノンは空っぽのマグカップを手に椅子から立ち上がったが、そのときドアの向こうでカタンと小さな音がした。
マグカップを手にしたままドアを開けて廊下を窺うが、特になにも見当たらない。
(雪が窓を打った音だったのかも)
きっとそうだろうとシャノンは思い、温かいココアでも飲もうと給湯室の方に向かったのだった。
「ねえねえ、シャノン。ちょっとこれ、見てほしいんだけど」
あくる日、騎士団詰め所にいたシャノンの肩を叩いたのは、女性騎士の一人であるテルヒだった。
艶やかな黒髪とすらりとした長身をもつ彼女の手には、毛糸で編んだ靴下のようなものがあった。靴下に似ているものの筒状で、つま先を入れる場所などがない。
「それは……?」
「うちの実家で最近取り扱うようになった新商品よ。靴下の上から履いて、ふくらはぎを温めるものなの」
実家が城下街の商家だというテルヒは流行やおしゃれに敏感で、新商品や試作品を持ってきてシャノンや女性騎士仲間たちに分けてくれている。代金を払うと申し出るのだが「宣伝効果もあるし、試作品を使ってくれるのはこちらとしても嬉しいのよ」と言って断られるので、ありがたくいただいている。
「こういう服飾雑貨を扱う職人が、ふくらはぎを圧迫して温めることで血行をよくする効果があるはずだって言っていてね。いろいろなサイズのものを作ったんだけどこれはちょっと小さめだから、シャノンに使ってもらいたいと思って」
テルヒの言うように、シャノンはこの城ではかなり小柄な域に入る。王都基準だと背も肩幅も大きくて『壁令嬢』と呼ばれていたのだが、ここらではシャノンの身につけるものは女性用でも一番小さめ、場合によっては子ども用で十分事足りるくらいだった。
テルヒが見せてくれた新商品は確かに、ふくらはぎに装着するものと考えると丈が短めだ。テルヒのような長身だとふくらはぎを覆いきれそうにないが、シャノンの脚ならちょうどよさそうだ。
「ありがとうございます。最近冷え込みが厳しいし、こういうのがほしかったんです!」
「それはよかった! 使ってみての感想、是非教えてね!」
「はい!」
そういうことでシャノンが喜んで毛糸の靴下もどきを受け取ったのが、朝のこと。
「おお、シャノンか! ちょっとこれ、もらってくれねぇかな?」
「……これ、ブランケットですか?」
昼、シャノンが食堂で食事をしているときに、隣に座った大柄な男性騎士に声をかけられた。
彼から渡されたのは、かわいい花柄のブランケットだった。見た目からして、新品だ。
「うちの嫁さん用に買ったんだが、ほとんど同じ柄のを買ったばかりだって言われてなぁ」
「なるほど」
「同じものがいくつもあっても持ち腐れになるし、誰かもらってくれねぇかと思ってたんだ。シャノンは小柄だから、これならすっぽり覆えるだろ」
彼の言うように、広げてみたブランケットはシャノンが頭から被っても十分余るくらいの小さめ毛布くらいの大きさがあった。
寒さに弱いシャノンにとって毛布はいくつあっても足りないくらいだから、とてもありがたい。
「はい。でも、本当にいただいていいのですか? お代を払いますよ」
「いいのいいの! もらってくれたほうが、俺も助かるんでな!」
はっはっは、と騎士が笑うので、ではありがたくいただくことにしたのだった。
夕方。
「あっ、シャノンさん!」
休憩室のごみをまとめてごみ捨て場に持っていったところで、シャノンは見習騎士のアハトに声をかけられた。
真っ白な雪が夕日で染められている中、こちらにやってくる彼は紙包みのようなものを手にしている。
「お仕事お疲れ様です! 寒いですねぇ」
「お疲れ様です、アハトさん。本当に寒いですよね……」
「そんなシャノンさんに……じゃーん!」
シャノンのもとまで来たアハトは、持っていた紙包みの中をシャノンに見せてくれた。紙に包まれているのは、茶色の丸い物体だ。表面には、淡雪のようなパウダーシュガーがかかっている。
「これはなんですか? いい匂いがします」
「揚げ菓子です。さっき、城の厨房で個数限定で売っていたんです。ちょうど僕が通りがかったときに揚げたてだったみたいで、急がねばってことですぐ買ったんです!」
えへへ、とまだ子どもっぽさが残る顔で言ったアハトは、紙で包まれた揚げ菓子の一つを取り出した。
「ってことでこれ、シャノンさんに」
「えっ、でもこれはアハトさんが買ったのでは」
「いいのいいの! ほら、早く食べないと冷めちゃうんで!」
急かしたアハトが自分の分にかぶりついたので、シャノンも急いで揚げ菓子をかじった。まだ揚げたてだからかさくっとしていて、脂っこさがほとんどない。
「はふっ、おいしい!」
「あはは、砂糖がついちゃってますよ」
「後で取りますっ。これ、お代金……」
「いいんです。シャノンさんにはいつもお世話になっているんで、僕の奢りです!」
言うが早いかアハトは自分の分をすぐに食べてしまい、「さー、仕事仕事!」と走って去ってしまったのだった。




