方向性は違えども①
事務官後任者についてのお話です。3話構成。
駄犬よりハイレベルなものが出てきます。
ジョナス・ランバートへの挨拶を終えて辺境伯城に戻ったシャノンは、そこで嬉しい報告を聞くことになった。
「まあ! それでは候補が見つかったのですね!」
「ああ。商家の長女と次男の双子だ」
北方騎士団付事務官室にて、ディエゴがすっきりとした顔で言った。
シャノンたちが城を離れている間に、ディエゴには新人事務官候補者捜しをしてもらっていた。
エルドレッドとも事前に話したのだが、シャノンたちが帰ってくるまでの間に見つからなければ王都に募集をかけよう、ということになっていた。ディエゴとしてはどちらでもいいし、彼は王都への出張を家族旅行と兼ねる気満々だったそうだが、城下町にちょうどいい人材がいたようだ。
「パルヴァ商会といって、織物を主に取り扱うそこそこ大きな店を経営している。彼らは四人兄弟の真ん中で、跡継ぎは長男に決まっている。両親は下の三人にも商人としての教育を施していたそうだが……双子に関しては、何か少し違う、と思っていたそうだ」
「もしかしてそれって、前にディエゴさんが言われていたやつでしょうか?」
以前ディエゴが、「商人は事務官になるのにあまり向いていない」のようなことを話していた。
事務官も商人も読み書き計算の能力が必要なのは同じだが、求められるものが微妙に異なるのだそうだ。
「そうだ。だから私もまさか、商家に適材がいるとは思わなかった。家族も、双子の能力を持てあましていたようでね。事務官として本領発揮できるならそれが一番だと、賛成してくれたんだ」
「それはよかったです!」
シャノンがほっと息を吐き出すと、ディエゴは微笑んだ。
「既に、私の方での面談は済ませている。念のためにレイラ先生にも同伴を願い出たのだけれど、彼女の目から見ても及第点だったそうだ」
「先生もそうおっしゃるなら、より安心できます」
シャノンの元家庭教師であるレイラは現在、本城の使用人として働いている。だが城内でも珍しい学問に秀でた人ということで、何か困ったことがあったときによく相談を持ちかけられているという。
これまで多くの場所を旅しいろいろな人と接してきた彼女の目から見てもよい人材だというのなら、きっと大丈夫だろう。
「ちなみに、双子はどのような方でしたか?」
「今年十六歳になったばかりだ。姉のヘイディは物静かなしっかり者という感じで、弟のハンネスは……少々見た目は派手で軽い感じがするが、どちらも事務官としての素質は十分だ。……それに」
ディエゴはシャノンを見て、小さくうなずいた。
「彼らからは、君と閣下に対する高い忠誠心が感じられた」
「忠誠心……」
「堅く捉えなくていい。要するに、君たちのファンってことだよ。……若くて伸びしろがあり、初期能力も十分。双子ということだが彼らの実家は城下町にあるから、二人同時に里帰りのために欠席するということはない。そして次期辺境伯夫妻に忠実となったら、言うことなしだ」
ディエゴはそう言って、座っていた椅子から立ち上がった。
「ちょうど今日の午後、彼らが城に来ることになっている。シャノンさえよければ、今日彼らと顔合わせをしないか?」
「もちろんです! 何から何までありがとうございます、ディエゴさん!」
「どうってことないさ」
ディエゴは朗らかに笑い、「家族旅行はまた別の形で、閣下におねだりするよ」と言ってシャノンを笑わせてくれた。
昼食休憩の後、事務官室にいたシャノンのもとにディエゴが来た。
「シャノン。ヘイディとハンネスを連れてきた」
「はい、どうぞ」
城を空けている間にディエゴに任せていた引き継ぎの仕事を行っていたシャノンは応じて、インク壺に蓋をした。午後に来るのは分かっていたので、狭い事務官室だがちゃんと三人分の椅子も用意している。
ドアが開き、ディエゴを先頭に少年少女が入ってきた。
「失礼。……ヘイディ、ハンネス。こちらが、シャノン・ブレイディだ」
「シャノンです。初めまして、ヘイディさん、ハンネスさん」
椅子から立ち上がったシャノンが挨拶をすると、ディエゴの両側に並んだ双子がピシッと背筋を伸ばした。双子だけあり、灰色の髪とハシバミの目は同じだった。
左側に立つのは、ストレートの髪を後頭部の高い位置で結った少女。目元はきりっとしており、生真面目な雰囲気が漂っている。
右側に立つのは、少し癖のある髪を流した少年。少年といってもシャノンよりずっと長身で、姉と違って垂れ目だ。姉より着崩した服装と耳元のピアスが目を引いた。
「お初にお目にかかります、シャノン様。パルヴァ家より参りました、ヘイディでございます」
「ヘイディの双子の弟のハンネスです。お会いできて光栄です、シャノン様!」
姉のヘイディははきはきとした口調で、弟のハンネスは少しなよっとした感じの口調で挨拶し、揃ってお辞儀をした。
「二人とも、シャノン様のもとで働けることに意欲を燃やしている。厳しく、優しく指導してやってくれ」
「分かりました。……といっても私も新参者で、辺境伯城周りのことはあなたたちの方が詳しいくらいでしょう。お互い、学び合えることがたくさんあると嬉しいです」
謙遜の気持ちも込めてシャノンが言うと、顔を上げたヘイディは真面目な表情のまま首を横に振った。
「滅相もございません。私こそ、シャノン様のもとで働けることを何より嬉しく思っております」
「俺たちこそシャノン様には全然及ばないけど、全力で頑張りまっす!」
「……ハンネス。お城ではちゃんとした言葉遣いをしなさい」
すかさず弟の砕けた敬語を姉が注意したが、ハンネスは「えー」と嫌そうな顔だ。
「そりゃ気をつけるけど、仕事ができりゃいいんだろ?」
「よくない! ……申し訳ございません、シャノン様。こんな弟ですが、能力だけはありますので……」
「ふふ、気にしないでください。あなたたちと仲よくなれると嬉しいです」
シャノンが心から言うと、ヘイディもハンネスも「シャノン様……!」と嬉しそうな声を上げた。
どちらもシャノンより身長が高くて大人びた雰囲気だが、そんな表情はやはり十六歳、と思われた。




