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捨てられた壁令嬢、北方騎士団の癒やし担当になる  作者: 瀬尾優梨
番外編 夏

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面影を越えて⑧

 エルドレッドの母の墓参りやボート遊びをした一日はどっと疲れたので早めに就寝し、翌日は自由行動になったのだが。


「すまない、シャノン。一年に一度来られるか来られないかなので、顔を出しておきたくて……」

「大丈夫ですよ。楽しんできてください」


 朝食の後、シャノンはすまなそうな顔のエルドレッドに笑顔で答えた。


 今日、彼は近くの町にいる知人を訪ねるそうだ。個人的に関わっている仕事関連の相手らしいのでシャノンを連れて行ってもかえって気疲れさせるだろうとのことで、使用人だけを連れて行くことになった。

 昼食もそこでもらうらしく、帰るのは夕方になるという。


 せっかくの旅行なのにシャノンを置いていくのを非常に申し訳なく思っているようだったが、彼にだって個人の事情ややりたいことはある。


(それに私も、自分の足でいろいろ行ってみたいし)


 幸いラウハたちもそばにいてくれるので、護衛や道案内などは何も問題ない。

 そういうことでシャノンとエルドレッドはいってらっしゃい兼いってきますのキスをして玄関先で別れ、玄関に残ったシャノンはさて、と背伸びをした。


「どこに行こうかしら……」

「町にお買い物に行くのはどう? 辺境伯城付近では見られないものが、たくさんあるわよ」


 そう言うのは、女性騎士三人組の中で最も流行やおしゃれに敏感なテルヒ。


「特にこの辺では、ジョナス様の影響で陶芸品の制作が盛んでね。街のあちこちに工房があって、普段使いできるものから美術品までいろいろなものが売られているのよ」

「……そうね。おもしろそうだわ」


(それに)


 ラウハたちに外出の希望を伝えつつ、シャノンは思う。


(陶芸品を見ていたら、ジョナス様のことも少し分かるかもしれないし)


 ジョナスとは、挨拶のときに会ったきりだ。

 彼は普段本邸におりシャノンとエルドレッドは別邸で衣食住が完結するので、意図して会おうとしなければ顔を合わせることがない。

 エルドレッドも、「顔を合わせれば小言を言われるからな……」と、父と必要以上に会うつもりはないようだった。


(私は新参者で、来年にはエルドレッド様と結婚してジョナス様の義理の娘になる。だから、少しでも関わりが持てるようにしたいわ)


 シャノンは、陶芸品についてあまり詳しくない。今回エルドレッドが手土産として持ってきた白磁のことも、よく分かっていない。


 そういうことでシャノンは身仕度をして、女性騎士たちを連れて別邸を出発した。

 シャノンの両脇をラウハとテルヒで固め、後ろには日傘を差したエリサベトが続く。一見するとエリサベトが護衛の役目を果たしにくそうだが、「この傘、いざとなったら武器になるのよ」ととてもいい笑顔で言っていたので、問題ないようだ。


 針葉樹林のそばに広がる町は、人口はそれほど多くないが広大な小麦畑を擁しており、辺境伯領で生産される小麦の大半をこの町が担っているそうだ。


 もうすぐ刈り取りの季節になり、農家はその頃になると近隣の町から臨時従業員を雇う。

 また夏は過ごしやすく冬も雪が控えめということで、一年を通して来訪する人が途絶えることがない。


 そのため町は小麦生産と観光の両方で栄えており、人口のわりに宿屋や土産物屋が多いのもそれが理由らしい。


「小麦を刈り取る頃から収穫祭までの時期は夏の集客期ピークだから、今くらいが歩きやすくていいのよ」

「そうね。収穫祭も興味があるから、いつか行けたらいいわね」


 テルヒの言葉にシャノンが言うと、女性騎士たちは微笑んだ。


「辺境伯夫人になったら、いつでもどこにでも行けるよ」

「そーそー。閣下はシャノンにベタ惚れだけど、閉じ込めるタイプじゃないと思うし」

「だよねー。てかもし閣下がシャノンを閉じ込めたとしても、あたしたちが黙っていないから!」

「行きたいところに行かせてもらえない旦那に嫌気が差したら、いつでもあたしたちに言いなよ!」

「敬愛する辺境伯夫人のために、一肌脱ぐからね!」


 そう言うラウハたちは、とても頼もしい。


 エルドレッドは武術に優れており彼に一対一で勝てる者はそうそういないそうだが、さすがの彼でも完全武装した女性騎士たちに一斉に挑みかかられたらたまらないだろう。


「ふふ、ありがとう。……その日が来ないことを願うけれど、いざとなったらお願いね」


 シャノンは、そう言っておいた。










 テルヒが言っていたように、大きな行事を控えているわけでもない町の人通りはほどほどで、おかげでシャノンはゆっくり店の商品を見ることができた。


「あっ、ここにも陶器が」


 店先に並んだ色とりどりの陶器を見てシャノンが言うと、エリサベトが傘を少し傾けた。


「元々この辺りでは、陶器を作るのに最適な土がたくさん採れるっぽいのよ」

「ジョナス様があの屋敷を本邸に定めてからは、工房も増えたそうよ。その中でも一番大きなやつは、ジョナス様がオーナーを務めていてよく作品を作られるそうだし」

「えっ、ジョナス様も作られるのですか?」


 てっきり鑑賞専門だと思っていたのでシャノンが驚いて問うと、ラウハたちはうなずいた。


「そうよ。お若い頃に陶芸に目覚めたらしくて」

「本邸のあちこちに、ジョナス様の作品も飾られているそうよ。ご本人はプロと比べられるのが嫌だから、どれか自作なのかは言わないそうだけど」

「……そういえば噂では、クラリッサ様が作られたものもどこかにあるらしいわね」


 テルヒが言うと、シャノンだけでなくラウハとエリサベトも「そうなの!?」と驚いた様子を見せた。


「それ、初耳なんだけど?」

「そういえばテルヒのパパも本邸仕えってことだし、パパ情報だったりする?」

「正解。……といっても父さんは本邸の厨房係だから、実際に作品を見たわけじゃないんだけどね。ジョナス様の工房にはよくお二人で行かれてたけれど、その日はジョナス様もクラリッサ様も全身土まみれだったから、見てすぐに分かったんだって」


 へえ、とシャノンたちは相槌を打つ。


「そのようなことがあったのですね」

「やだー、なんかきゅんきゅんしちゃう!」

「ってことはジョナス様は、クラリッサ様が作られた作品を大切に保管されているのかもね」


 ラウハの言葉にテルヒは「そうだと思う」と言って、辺りを見回した。


「……もうすぐ昼ね。せっかくだし、みんなでランチ食べない? いい店、知ってるわよ」

「行く行く!」

「シャノンも、いいわよね?」


 ラウハとエリサベトは大乗り気だが、シャノンも負けじと笑顔でうなずいた。


「ええ、たくさん歩いてお腹も空いたの! テルヒ、案内よろしく」

「お任せなさい!」


 テルヒは胸を叩き、「こっちよ」と案内してくれた。

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