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捨てられた壁令嬢、北方騎士団の癒やし担当になる  作者: 瀬尾優梨
番外編 夏

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面影を越えて②

 先代ランバート辺境伯であるエルドレッドの父は、今から三年ほど前に息子に爵位を譲ってからは、田舎で暮らしているという。


 エルドレッド曰く、彼の父は元々体を鍛えるのも人と交流するのも好きではなかったらしく、息子が立派に成長したらすぐに引退する予定だったそうだ。


(それに、エルドレッド様のお母様のお墓もあるとのことだわ)


 エルドレッドの母は、彼が生まれて半年後の冬に肺炎で亡くなった。

 元々それほど体が強い人ではなかったらしく、産後の肥立ちもよくなかったしその年の冬は例年よりも寒さが厳しかったこともあり、辺境伯領に嫁いで二回目の冬を越すことができなかったのだという。


「……母上の墓参りをするのも、久しぶりだ。父上だけでなく、母上にもシャノンのことを紹介しなければ」


 エルドレッドも同じことを考えていたようで、隣に座るエルドレッドを見たシャノンはうなずいた。


「そうですね。エルドレッド様のお母様は、暖かい場所でお眠りになっているのですね」

「ああ。……父上と母の実家が和解したのはごく最近のことだから、埋葬もここでするしかなかった。だから、辺境伯領で一番気候が穏やかな場所に母上の墓を建てて……引退後は同じ町で暮らすと、そのときから決めていたそうだな」


 そこでエルドレッドは自分の口調が暗くなっていたことに気づいたからか、「それより」と少し大きな声を出した。


「父上と母上に挨拶したら、ゆっくりしよう。前にも一度だけ言ったと思うのだが、町のはずれには湖があり、そこでボートで遊べるんだ」

「あっ、覚えています! エルドレッド様の秘密の場所でしたっけ?」

「はは、今では有名な場所になってしまったようだがな。毎年夏に行った際、子どもの頃はボートに乗せてもらい、父上が漕いでくれたんだ。……あっという間に私が成長して定員オーバーになってしまったから、十二歳くらいの頃からは自分一人で漕いで遊んでいたな」

「まあ。ではエルドレッド様のお父様も、大柄なのですね」

「ああ。私の体は父上譲りだと言われているが……いや、今はもう父上よりも大きいな」


 ふむ、とエルドレッドが胸の前で腕を組む。


 ランバート辺境伯領の人々は北方の血が流れていることもあり、総じて大柄だ。

 その中でもエルドレッドは高身長で筋肉もしっかり付いている。それもガチガチではなくて案外柔らかいことを、彼に毎日のようにハグされるシャノンはよく知っていた。


 なお、測ったことはないがおそらくシャノンよりもエルドレッドの方が胸囲が大きい。

 騎士団付事務官制服であるコーラルピンクのジャケットを着ると上半身がすとんとしたシルエットになってしまうシャノンなので、ちょっとだけ敗北感を抱いている。


(そういえば、エルドレッド様のお母様は、とっても小柄な方だったそうね)


 エルドレッドに母の記憶はないし肖像画なども残っていないそうだが、昔から辺境伯家に仕えている執事のゴードンが教えてくれたのだ。


 シャノンでさえ妖精だの天使だのと言われるくらいだから、王都から嫁いできたエルドレッドの母はもはや周りの者たちが見ていると心配になるくらい小さく思われたことだろう。

 そんな母親からこんなに大きなエルドレッドが生まれるなんて、生命の神秘やら遺伝やらにはまだまだ謎が多そうだ。


(エルドレッド様の子どもも、やっぱり体が大きくなるのかしら)


 ……ふとそんなことを考えてしまい、じわっと頬が熱くなってきた。


 このまま順調に物事が進めば、エルドレッドの子どもを産むのはシャノンの役目となる。

 もちろん、そういうこともちゃんと理解した上でエルドレッドの求婚を受けているのだしシャノンは耳年増なのであれこれ分かっているつもりだが、もう一年もすると結婚して「あれこれ」が現実になるのだと思うと、気恥ずかしくなってくる。


「シャノン」

「ひゃんっ!?」


 悶々と考えているときに名前を呼ばれたものだから、つい変な声を上げてしまった。

 シャノンがはっとして自分の口を手で覆って横を見ると、エルドレッドがぽかんとした顔でこちらを見ていた。


(あわわ……絶対変に思われた!)


「あ、あの、すみません! 変な声を出しちゃって……。ええと、何かありましたか?」

「……」

「エルドレッド様?」


 エルドレッドが、硬直している。

 もしかして先ほどのシャノンの声があまりにも品がなくてドン引きしたのではないか、と不安になってきた直後、シャノンの両肩に大きな手の平が乗り、エルドレッドがぐっと顔を近づけてきた。


 凜々しい青色の目はどこか据わっているようで、彼に肩を掴まれたシャノンはぎょっとする。


「あ、あの……?」

「シャノン、それはいけない」

「……どれですか?」

「今の声は、よくない。ここが馬車でなければあなたを部屋に連れ込み、一日中離してやれなかったかもしれない」

「え」


 シャノンは瞬きをして、エルドレッドのセリフを胸の中でゆっくり咀嚼する。

 シャノンのためかやや婉曲な表現にしてくれたが……つまりは、「そういうこと」なのだろう。


(ええと、それって……興奮した、ってこと?)


 まさか先ほどの変な悲鳴が、エルドレッドをそんな気持ちにさせていたなんて。


 口元を手で覆ったままのシャノンがエルドレッドを見ると、彼はふうっと息を吐き出してからシャノンの左頬にキスをした。


「大丈夫、シャノンが望まないことはしないから、安心してくれ」

「……は、はい」

「シャノンの全部をもらうときには、あなたの方も心から望んでいるときにすると決めている。……それにそのときには、例のものを拝みたいし」

「例のもの……?」


 何を拝みたいのだろう、と思ったが、途中で気づいた。


(あ、ああ! さてはあの「勝負下着」ね!)


 冬のユキオオカミ調査の時期に一日だけ身に付けた、青い勝負下着。その日は結局不発に終わった――終わらせた、とも言う――ので、タンスの奥に眠ってもらっている。


 下着なんていくらでもあるし新しいのを買うこともできるのに、エルドレッドはあの日拝みそこねたものに執着しているようだ。自分の目と同じ青色だったから、というのも原因の一つだろうか。


「……わ、分かりました。ではそのときには……また着ます、はい」

「シャノン……!」

「まだですからね、まだっ!」


 ぐいぐい顔を近づけてくるエルドレッドの額を押し返すと、彼は「楽しみにしている」と満面の笑みで言った。


 ……彼の背後に、髪と同じ銀色の尻尾が揺れているのが見えた気がした。

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