春が呼ぶ再会⑥
エルドレッドにいってきますのキスをして、お返しとばかりにエルドレッドからいってらっしゃいのキス――濃いのになりそうだったので、途中で執事がエルドレッドの背中に突っ込みを入れてくれた――をもらってから、騎士団棟に戻る。
休憩室にはちょうどラウハとテルヒがおり、城下町に行く際の護衛について相談するとラウハの方が「あたしなら空いてるよ!」と言ってくれた。
これから新人指導をしなければならないのだというテルヒに見送られて、シャノンたちは休憩室を出た。
「やったー、シャノンと二人でお出かけ! 超役得じゃーん!」
「引き受けてくれてありがとうございます、ラウハ。おかげで街に行けます」
「うんうん、どうせ閣下のことだから、あたしたち以外の騎士を連れて行こうとしたらバリバリ嫉妬するもんねー! ったく、うちの天使はお触り禁止だって皆分かっているのに、妬きまくるんだから」
そう言うラウハは確か前に、昔はエルドレッドのことが好きだったと言っていた。
だがそれは「あの頃は若かった」とかいうやつらしいし、彼女の恋人はスマートな青年だった。今のラウハは、エルドレッドのことを異性として全く意識していないようだ。
……ちなみに以前、ラウハが恋人とキスするところを盗み見してしまったのだが、あれについてシャノンは告白できていない。
なんだかもう今さらな気もするので、このまま墓場まで持っていく予定だ。墓には、エルドレッドも同居する予定だが。
「おー、今日もいい天気! やっぱ春はいいねぇ!」
城門をくぐったところで、ラウハが伸びをして言った。
二人の目の前には、辺境伯城の城門の周りに広がる城下町の街並みがあった。街並み、といっても王都のような規模や密集具合ではなく、田舎らしさがありつつも活気のある地方都市という感じだ。
王都の春は空がうっすら曇っていることが多かったが、辺境伯領の春は晴れ続きで、空も澄んでいる。空気がおいしい、と感じるのもきっと気のせいではないはずだ。
「さて、それじゃあどこに行く?」
「まずは大通りを歩いてみたいです。これまで、じっくりお店とかを見ることもなかったから」
「了解! 護衛はこのラウハ様に任せておきなさい!」
そう言って、ラウハは胸をどんと叩いた。
正騎士の赤い鎧を着ているのもあるがラウハはもともと体が大きくて肉付きもいいので、シャノンより二回りほど胸囲が大きい。噂では、「どいたどいた!」と叫びながら鎧で突進する彼女を止められる騎士は、ほとんどいないとか。
そんな頼もしい姉御肌のラウハだが、城下町の人々がシャノンの姿に気づいた途端女騎士の顔になり、シャノンに近づく不埒な輩がいないか素早く辺りに視線を走らせた。
「もしかして、シャノン様?」
「閣下の恋人か!」
「こんにちは、シャノン様!」
街の人々は、正騎士を従えたコーラルピンクの事務官服姿のシャノンを見て、すぐに正体に気づいたようだ。作業の手を止めて一礼したり声をかけたり名前を呼んできたりと、気さくに接してくれる。
(本当に、あったかい人ばかりだわ……)
きっとこの極寒の地だからこそ、皆で生き延びるために人々の絆が強固なものになり、人情が溢れるのだろう。
大通りには、様々な店が軒を連ねている。
(王都の大通りには、たくさんの露店や移動販売車があったわね……)
カラフルな庇やパラソルで通行人たちの目を楽しませる露店や移動販売車だが、あれらは雪国には向いていない。冬の寒さと積雪から身を守るため建物は入り口が二重になっており、ふらっと立ち寄るのが難しくなっている。
その分、ウインドウショッピングに力を入れているようで、貴重なガラスを使って店内が見えるようにしている。
ショーケースには野菜や焼きたてのパン、黄色い蝋で表面がコーティングされたチーズや衣類などが、さあ見ろとばかりに展示されている。
(い、いろいろ見てみたい……!)
「気になるお店があるのなら、入ってみましょ」
焼き菓子の店の前でシャノンが立ち止まってじっと商品を見ていると、こっそりとラウハが声をかけてきた。
「ほしいものがあるのなら、買って帰ればいいし」
「そ、そうですね。エルドレッド様に何か買って帰ったら、喜んでくださるかしら」
「……閣下のことだからシャノンがくれたものなら、生ものでも何でも一生保存すると言い出しかねないね」
まったくもってラウハに同意見なので、消費物を買うとしたらちゃんと食べたことを確認できるよう、シャノンも一緒に食べられるものを買った方がいいかもしれない。
(それじゃあ、この辺りのお店に――)
入ってみよう、と思ったシャノンの背後で、ごく自然な動作でラウハが身を寄せてきた。
「……振り向かないまま、聞いて。後ろの方に、シャノンをじっと見ている人がいる」
「えっ」
いつもより低いラウハの声に、どくん、と心臓が不安を訴える。
「フード付きのコートを身につけているけれど、体型からしておそらく女性。動きを見ても盗賊などではなさそうだけれど、念のために撒こうと思う」
「……分かりました」
緊張と不安でどきどきしつつも、シャノンはラウハの指示に従ってその場から移動し、ウインドウショッピングを楽しむふりをしつつ徐々に兵士の詰め所に近づくように大通りを歩いた。ここからだと、城に戻るより兵士の詰め所に行く方が近いからだ。
「……ラウハ、その人はまだ付いてきている?」
「うん。でも……襲ってくる気配はないわ。一定の距離を保ちながら、シャノンの後をついてきているだけって感じ」
(……何が目的なのかしら?)
ぎゅっと、拳を固める。
ラウハが言うには盗賊などではないようだし、女性だ。とはいえ、シャノンに危害を与える気はなくただ様子を見ているだけ、というのもなんだか不気味である。
「……今、フードを下ろした。こっちをじっと見ている」
「ラウハ。その人、見てもいい?」
シャノンが思いきって問うと、背後の様子を窺っていたラウハは少し迷ったのちにうなずいた。
「感づかれないように……ああ、ちょうどいい感じに、後ろを馬車が通ろうとしている。それを見るついでを装って」
「はい」
ラウハに指示されたとおり、シャノンは振り返って後ろを通り過ぎていった馬車を眺め――そして、大通りの脇に生えている針葉樹の陰に隠れるようにして立つ人物の姿を見つけた。
すすけた色のコートを着ていて、フードは下ろしている。その背は、周りにいる辺境伯領の民よりもずっと……シャノンよりも小さい。
元は漆黒の髪だったのだろうが、年のせいか白いものが混じっているようでグレーっぽい髪色に見える。
かなり痩せているが、その眼差しには見覚えがあって――
『シャノン様。こちらです』
……ぱちん、とシャノンの頭の奥で弾けた記憶の中で、女性が笑っている。
『今日は、お買い物の練習をしましょう。これが銅貨で、これが銀貨。さあ、好きなものを買ってみましょうね……』
この、優しい声の主は。
(先生……!?)




