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捨てられた壁令嬢、北方騎士団の癒やし担当になる  作者: 瀬尾優梨
番外編 春

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春が呼ぶ再会⑤

 ディエゴが全面的に協力してくれる後任者探しだが、やはり思うようには進まなかった。


「高望みはいけないとは分かっているけれど、シャノンの後任になるほどの才能や伸びしろがある人は、なかなかいなくてね」

「いざとなったら私のときと同じように、王都で求人する必要があるでしょうか」

「……あそこに行って帰ってくるだけで一ヶ月かかるから、それはなるべく最終手段にしたい……けれど、さっさと行ってしまった方が楽ではあるんだよな」


 うーん、とシャノンとディエゴはデスクに向かい合って座って頭を悩ませている。


 エルドレッドも協力すると申し出てくれたのだが彼でも、現在の辺境伯領の識字率などを考えるとそうそう簡単には見つからないだろう、と言っていた。


「辺境伯領で暮らす一般市民の識字率は、王都とは比べものにならない。騎士団員でさえ、自分の名前が書けるかどうか怪しかったりするくらいだ」

「商人だと、比較的読み書き計算の能力が高いですよね」

「だから私や閣下も商人やその家族から当たっているのだけれど、読み書き計算といっても商売向きの能力と事務官向きの能力がある。性格という面でも実は、商人は事務官になるのにあまり向いていない」

「難しいですね……」


 やはり、一ヶ月の道のりを承知の上で王都に求人票を出す必要があるのだろうか。


 もしそうなったとしても、シャノンがのこのこと求人ギルドに行くわけにはいかない。今のシャノンは次期辺境伯夫人であり、エルドレッドの母方の実家であるブレイディ侯爵令嬢でもある。


 王都に行き来する際に事故に遭ったりでもしたら、ランバート辺境伯家だけでなくブレイディ侯爵家にまで迷惑をかけてしまう。


「もし求人を出すとなったら、私が行く」

「ディエゴさん……」


 シャノンの考えを読み取ったかのように、しかも先手を打って言うディエゴを見ると、彼は微笑んだ。


「往復一ヶ月は確かに長いけれど、仕事だと思えば平気だ。それに……そうだな。もう娘も大きいし、いざとなったら閣下にあれこれ言い訳して王都への出張と家族旅行を兼ねて家族で行ってくるさ」


(な、なるほど! ディエゴさん、ちゃっかりしているわ……!)


 そういえばディエゴは若い頃に辺境伯領に来て、現地の女性と結婚したそうだ。

 彼はたびたび「一度は、妻を王都に連れて行ってやりたい」と言っていたし二人の間に生まれた娘ももう五歳かそこらだから、家族旅行に行くこともできる。


「ありがとうございます、ディエゴさん。もしそうなったら私も全力で、エルドレッド様を説き伏せます! 旅費のことも、任せてください!」

「はは、心強いな」


 ディエゴは笑い、「何にしても、前向きに考えましょう」と言って事務官室を出て行った。


(……そうね。どうしよう、どうすれば、って考え続けるよりは、少しは楽天的でいるくらいがちょうどよさそうだわ)


 よし、とシャノンは椅子から立ち上がった。

 ちょうど今は、急ぎの書類仕事や記録付けなどもない。


(いつもはディエゴさんやエルドレッド様にお願いしているから、今日は私が城下町に出てみよう!)


 やはり、シャノンは辺境伯城のことを知らなすぎる。後任者探しも兼ねて、城下町を歩いてみてもいいだろう。


 そういうことでシャノンはまず本城に行って、城下町を歩きたいということについてエルドレッドに相談することにした。


 彼は執務室におり、部屋には執事のゴードンもいた。


「城下町か。……そうだな。今は暖かくなっているし、悪くないと思う」

「よかったです!」

「ただし! あなた一人で行かせるわけにはいかない」


 エルドレッドがきりっとした顔で言うので、シャノンはさもありなんとばかりにうなずいた。

 シャノンとて、自分の立場は分かっている。もう去年の冬のように、うかつに動いたりしないと決めていた。


「もちろんです。私はあなたの婚約者なのですから、あなたや皆を心配させることはしません」

「分かってくれるなら嬉しい」

「ラウハたちに声をかけてみます。今日は、急ぎの任務はなかったはずなので」

「……な、なぜ?」

「えっ」


 シャノンが男性騎士をそばに置こうとするとじめっとした視線を送ってくるエルドレッドなので、ラウハたちなら安心だろう……と思ったのに、なぜかものすごく驚かれた。


「シャノンは、ラウハたちがいいのか?」

「……男性騎士でもよかったのですか?」

「違うっ! よくないっ! そうではなくて……そこは私の出番だろう!」


 デスクにぱんっと手のひらを打ち付けて立ち上がったエルドレッドが、なぜか悲壮な眼差しでシャノンを見てくる。


「私に、あなたを守らせてくれ!」

「……いえ、エルドレッド様はお仕事があるでしょう」


 ですよね? と視線で執事に問うと、彼はとてもいい笑顔でうなずいた。


「もちろんでございます。エルドレッド様には今年の夏に収穫予定の秋まき小麦について、確認していただきたい資料がございますので」

「うっ……」


 エルドレッドは、喉を絞められたかのような声を上げた。


 本音は、小麦なんかよりもシャノンを優先させたいのだろう。

 だが辺境伯領民の生命線となる小麦についての資料を後回しにすることなんて、彼にはできないし……ここで小麦よりシャノンを取れば、執事だけでなくシャノンからの好感度も爆下がりすると分かっているはずだ。


 シャノンがじっと、執事がにこやかに見つめた末に、エルドレッドは「分かった!」と叫んだ。


「私はきちんと仕事をする! シャノン、気をつけて行ってくるように」

「ありがとうございます。じゃあ……いってきますのキス、してもいいですか?」

「してほしい」


 これくらいは甘やかそうと思って提案したら、超真面目な顔で即答されたのだった。

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