表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた壁令嬢、北方騎士団の癒やし担当になる  作者: 瀬尾優梨
番外編 春

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/60

春が呼ぶ再会④

 去年の冬に婚約したシャノンとエルドレッドは、来年の春に結婚する予定だ。


 婚約から結婚まで一年以上かけることになるが貴族の婚姻としてはこんなものであるし、ランバート辺境伯領では日程を調節できない葬式や出産などはともかく、結婚は冬を避けるものだという。

 確かに、秋の終わりから冬にかけて雪で覆われる辺境伯領なので、冬の結婚式は様々な人たちにとって厳しいものになりそうだ。


 またエルドレッドはシャノンのことを「春の天使」だと思っているらしく、天使と春に結婚したいという願いがあるそうだ。シャノンとしては特にこだわりはないので、エルドレッドが嬉しそうだからそれでいいと思っている。


 ……つまり、この一年間でシャノンは騎士団付事務官の後任者を探し、引き継ぎをしなければならないのだ。


「せっかくディエゴさんに見いだしてもらったのに、二年も保たずにで引退することになって申し訳ないです」

「なに、事務官より辺境伯夫人の方がよほど重要な役職だ。君は君が一番必要とされる場所で輝けばいいんだよ」


 事務官室にて、シャノンはディエゴと話していた。


 実家から勘当されたシャノンが王都の求人ギルドでディエゴと出会ったのが、去年の秋。やっと板についてきた頃だというのにもう引き継ぎについて考えなければならないなんて心苦しいが、ディエゴの方はあっけらかんとしていた。


「それに先代の事務官は高齢で引退した後で暖かい土地に行ってしまいそれっきりだけれど、シャノンはこれからもずっとうちにいてくれるのだから、そこまで焦ることもない。今から新人を探してじっくり育成することだってできるさ」

「新人……そうですね。やはり若い子がいいでしょうか」

「難しいところだね。即戦力を求めるか、伸びしろを求めるか」


 ディエゴは二本の指を折り曲げながら言う。


「そもそも私が王都に行って新人を探しに行ったのも、うちでは十分な学力を持つ人がなかなか見つからなかったからだ。とはいえまさか求人票を貼った直後にそれを剥がすことになるとは思っていなかったし、いざとなったら求人票を貼るだけ貼ってここに戻り、新人育成をするしかないとも思っていたんだ」

「そうなのですね……」

「うちにも、読み書き計算を教える学校のような場所があればいいんだけどね」


 ディエゴが何気なく言った言葉に、シャノンは身を乗り出した。


「学校、ですか?」

「王都で暮らす貴族は家庭教師を雇うのが一般的だろうけれど、平民には学校があっただろう? 私は生まれは王都近郊の平民階級だけれど、親の勧めで十二歳から十五歳まで王都の学校に通っていたんだ。おかげでその後で士官学校に入る際にも特待生ということで学費免除などの優遇措置を受けられたし、辺境伯領に来てからも事務もできる騎士として重宝された」


 まあ、こき使われたとも言うけれどね……と苦笑いで添えるディエゴの言葉を、シャノンは頭の中で咀嚼する。


 確かに、王都には平民が通う学校があった。学校にもいくつか種類があるらしいが基本的には読み書き計算を教わるのみで、成績優秀者はその上の学校に進学したりディエゴのように士官学校に入ったりするそうだ。


(そういえば先生も、王都の初等学校から高等学校に進んだと言っていたわ)


 シャノンに教育を施してくれた家庭教師の先生は王都から離れた地方都市出身で、十歳の頃に初等学校に入学、成績優秀ということで十五歳から高等学校に進学したと言っていた。

 平民階級の彼女が、若干買いたたかれたとはいえ子爵家令嬢だったシャノンの家庭教師になれたのは、王都の高等学校卒業という経歴があったからなのだそうだ。


(辺境伯領にも、学校を。……素敵だと思うわ!)


「いいと思います! ……でももし学校を作るとなったら、先生になる人も必要ですよね」

「そうなんだよね。……ああ、すまない。今は騎士団付事務官の話なのに、学校なんて夢のまた先のような話だね。逸れてしまって申し訳ない」

「いえ、私もいつか実現したらいいなと思いました」


 ひとまずディエゴは、辺境伯城で暮らす人たちの中で最低限の学力がある人を当たってみる、と言ってくれた。これは自分の問題なのでシャノンもやると言ったのだが、「これでも辺境伯領で暮らして十年近いんだから、ここは私に任せてくれ」と言われてしまった。


(……確かに、私はまだ城にどんな人が暮らしているのかさえ把握できていないものね)


 訓練に行くディエゴを見送り、シャノンは考える。


 辺境伯城は二重の壁で囲まれており、城や騎士団棟は内側の壁の中にある。内側と外側の壁の間には、城下町とも言える街並みや農場、牛舎や放牧場がある。冬の間は農業や酪農業はお休みとなり、春から夏、実りの秋の間は様々な作物が作られ牛たちも放牧される。


 今、シャノンが把握しているのはせいぜい内側の壁の内部だけだ。城下町はたまに通りがかるくらいで、どんな人たちが暮らしているのかはよく分かっていない。もちろん、読み書き計算ができる者がどこに、どれくらいいるのかも。


(来年にはエルドレッド様と結婚して辺境伯夫人になるのだから、こういうことも学んでいかないといけないわね……)


 ふうっと息をつき、シャノンは記録簿を開いた。


 後任者のことも気懸かりだが、まずは日々の記録や購入物品についてまとめなければ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ