4 求人ギルドでの出会い①
母が渡してくれた革袋の中はほとんどが銅貨で、わずかに銀貨が混じっているくらいだった。
だがこれは母がケチだからというわけではなくて、父に感づかれないように娘に渡す路銀を用意するには銅貨や銀貨といった小銭を使うしかなかったからなのだと、予想できた。
(まずは、生きていく方法を考えないと)
王都はにぎやかで、働き手を募集しているところも多い。だがそのほとんどは身分証明が必要で……今のシャノンには名乗れる家名はなく、勘当前のウィンバリー姓を名乗ったとしても、「婚約破棄され、勘当された元貴族の娘」ということで雇用を敬遠するところも多いだろう。
となるといっそのこと、王都を離れた方がいい。地方だと稼ぎは少なくなるし治安も悪い場所があるので、ハズレを引けばとんでもない目に遭う。
(でも先生は、ハズレもあるけれど大当たりもあると言っていたわ)
シャノンが先生と呼ぶのは、子どもの頃に家庭教師をしてくれた女性ただ一人だ。
彼女は地方出身で、若い頃は王都の外のあちこちの街を旅していたという。女性の一人暮らしが厳しい場所もあるが、中にはとても暮らしやすくて人も優しい、素敵な地方もあるのだと言っていた。
だから元貴族令嬢という悪い肩書きがつきまとう王都にいるよりは、ギャンブル気味ではあるが王都の外に出た方がいいのではないか。
(だとしても、先生みたいにあちこち旅をする勇気はないし……)
そう考えたシャノンは馬車チケットを使って移動し、王都にある求人ギルドに向かった。
こういう場所が王都の片隅にあるということも、姉や妹は知らないだろう。シャノンだって、先生に連れられて王都の散策に行った際に説明してもらわなかったら、一生知らないままだっただろう。
(先生、私に勇気をください……!)
ドアの前で深呼吸して気持ちを落ち着けてから、えい、と両開きのドアを押し開けた。
そうして足を踏み入れたギルド内部は貴族の屋敷のロビーのような広さがあり、思ったよりも清潔感があった。ギルド、と聞いてなんとなく薄汚い場末の飲み屋のようなものをイメージしていたので、シャノンはその先入観をこっそり消しておくことにした。
求人ギルドの常連らしい人たちは迷いない足取りで受付のカウンターに向かい、その後で奥の壁に貼られた求人一覧を眺めにいっている。
「俺が先に取った!」「いや、俺が先に目をつけた!」と求人票の取り合いをする者もいるが、すかさず奥から屈強な男が出てきて二人を締め上げた。喧嘩していた二人も体格がいいのだが、仲裁役の男はそれ以上に体が大きく、揉めていた二人の首根っこを掴んで奥の部屋に消えていった。
(ち、治安はいい……ということかしら?)
少なくとも騒ぎを起こさなければシメられることはないし、もし絡まれたとしても誰かが間に入ってくるから大丈夫、と思っていいだろうか。
ひとまず、最初は奥のカウンターに行くべきだと分かったので、そちらに向かう。
(……あっ。カウンターは三種類あるわ)
よく見るとカウンターは三つに分かれていて、それぞれにプレートが下がっている。字が満足に読めない人もいるからか地図のイラスト付きで、一つは「王都内」、一つは「王都近郊」、もう一つは「王国各地」と書かれている。
(なるほど。どこで働くかで最初の受付が違うのね)
さすがにここまでは先生も教えてくれなかったが、ここから先はシャノンが手探りをしつつ自力で学ぶべきだ。
シャノンは「王都近郊」と「王国各地」で悩んだ末に、まずは「王都近郊」のカウンターに向かうことにした……が、シャノンの後ろから走ってきた中年女性が一足先に目的のカウンターに突撃し、「ちょっと! 前紹介された仕事だけど!」と大声でまくし立て始めた。
求人が多いからか「王都内」のカウンターには受付が三人いるが、「王都近郊」と「王国各地」には一人ずつしかいない。
中年女性の相手をする女性受付は笑顔でやりとりをしつつ、カウンター脇に置いていた「空き」のボードを片手でひっくり返し、「応対中」に変えた。
(……時間がかかりそうね)
ちらと隣の「王国各地」を見ると、そこの受付は暇そうに自分の髪をいじっていた。
(いっそ、王都から遠く離れた場所もいいかも?)
それこそ先生の言う、「大当たり」に巡り会えるかもしれない。何にしても、ぶつかってみなければ話は始まらない。
「……あの。仕事を探しているのですが」
緊張しつつシャノンが受付の女性に声をかけると、人差し指に髪の毛をくるくる巻き付けていた女性は「会員? それとも初めてさん?」とけだるげに問うてきた。
初めてだと言うと会員登録のために名前や住所を聞かれてしまい、言葉に詰まってしまう。だが女性は「言えるのだけでいいよ。まあ、紹介できる仕事は限られるけれど」と言った。
ひとまずシャノンという名前と性別、年齢だけを答えて、カードを作ってもらう。カードといっても、木の板に雑な字で名前が書かれているだけのものだったが。
「じゃ、あっちにある求人一覧を見てきていいよ。といっても、王国各地から来るものなんてしれてるけど」
女性はそう言い、「早く行け」とばかりに手を振った。
女性に追いやられる形で、シャノンは求人一覧のボードのところに行った。
(確かに、王都内や王都近郊より、数が少ないわね……)
先ほど男性二人が揉めていた「王都内」には様々な色の求人表が貼られていて、「王都近郊」のボードにも二十枚近くは貼られているが、こちらのボードには両手の指で数えられるほどの求人票しかない。
それも見るからに古いものもあり、やはり王都の求人ギルドでは限界があるのだと思われた。
「……申し訳ございません。そちらに貼りたいのですが」
シャノンがボードの前に立って求人票を一枚一枚見ていると、背後から声がかけられた。振り返るとそこには、三十歳くらいの男性がいた。
(この格好は……騎士様?)
茶色の髪に緑色の目を持つ温和そうな男性だが、上着の合わせの隙間から鎧がちらちら見えている。おまけに腰には刀身が短めではあるが剣も下げているので、学者風の見た目ではあるが帯剣を許された騎士であると予想できた。
彼の手には求人票とおぼしき紙があったので、シャノンは慌てて横に避けた。
「はい、失礼しました」
「どうもありがとう。……お若いお嬢さんのようですが、郊外での勤務に興味がおありですか?」
ボードに空いているところにぺたりと求人表を貼った男性が話しかけてきたので、シャノンはうなずいた。
「はい。諸事情で家を出ることになりまして、できればここから遠く離れたところで働きたいと思っているのです」
「若い身空で、大変ですね。……ちなみに、お嬢さん。読み書きや計算はできますか?」
穏やかそうな口調ながら彼の目がきらりと輝いた気がして、シャノンはぴんときた。
(……もしかしてこの方、私を誘っている?)
下手に答える前にとシャノンが今貼られたばかりの求人票の方に視線をやると、男性は楽しそうに笑った。
※この人はヒーローではありません