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捨てられた壁令嬢、北方騎士団の癒やし担当になる  作者: 瀬尾優梨
番外編 春

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春が呼ぶ再会②

 シャノンの一日は、辺境伯城の塔の鐘の音で目覚めることから始まる。


 辺境伯城に来たばかりの頃のシャノンの部屋は、騎士団棟内にあった。時刻を告げる鐘は本城に設置されているため、今の方が鐘の音が大きく聞こえる。


 シャノンが毎日眠るのは、大きなベッド。一人で寝るには十分すぎると思われるのだが、初めてこの部屋に通されたときに最初から置かれていたベッドは、これより二回りほど大きかった。


 部屋を用意してくれたエルドレッド曰く「ここは女主人用の寝台だ」とのことでベッドも相応の大きさらしいが、いかんせんシャノンには大きすぎる。大は小を兼ねるとは言うが、大きなベッドにこの地方では小柄なシャノンが寝ると余りが多すぎ、肌寒く感じてしまう。


 だからそう申し出たところ、エルドレッドは新しい小さめのベッドを用意してくれた。どうやらこれは子ども用らしくちょっとかわいらしすぎるデザインだったが、子どもの頃にかわいいものを買ってもらえなかった反動もあり、シャノンはこのベッドが気に入っている。


 城仕えのメイドが洗濯済の服と洗顔用のお湯を用意してくれているので、それで身仕度を調える。自分で着替えなどをするというのは騎士団棟で暮らしていた頃とほぼ変わらないが、温かいお湯をいつでも使わせてもらえるというのは実はかなり嬉しいと思っていた。


 仕度をしてから部屋を出たところで、廊下で洗濯物を入れたカートを押していたメイドを見かける。


「おはようございます、シャノン様」

「おはよう。エルドレッド様は、今日も鍛錬ですか?」


 恭しく挨拶をしてきたメイドに問うと、シャノンより年下だが身長はずっと高い彼女はにっこりと笑った。


「はい、グラセス様と一緒に。……今日も、お飲み物とタオルを持って行かれますか?」

「ええ!」

「ではすぐにお持ちしますね」


 メイドはそう言って、カートを押して去っていった。


 シャノンは今のところまだ騎士団棟付事務官だが、エルドレッドの婚約者――未来の辺境伯夫人という肩書きがある。そのため城の使用人たちはシャノンのことを敬称をつけて呼び、何かと世話を焼いてくれる。


 なお、この変化は騎士団棟では適用されず、あちらでは以前と同じように「シャノンちゃん」のように呼ばれている。いきなり城の者全員の態度が変わったらシャノンも寂しいので、同僚たちは結婚するまでこのままでいてくれるのがとてもありがたかった。


 しばらくすると先ほどのメイドが、水差しとタオルの入ったバスケットを持ってきてくれた。


「どうぞ」

「いつもありがとう。行ってきます」

「シャノン様と閣下がお戻りになるのにあわせて、朝食のご準備をいたしますね」


 シャノンにバスケットを渡したメイドはそう言って、機嫌がよさそうに去っていった。


 シャノンは元貴族の娘にしては早起きだが、エルドレッドはさらに早く起きる。なかなか日光が差さず朝の冷え込みが激しい真冬はともかく、暖かい時季になると朝から中庭で鍛錬をするという。


 一人で剣の素振りや走り込み、弓射練習などをする日もあるし、ディエゴら北方騎士団員と一緒に剣の打ち合いをすることもあるという。今日は、後者のようだ。


 朝靄が漂う中庭に出ると、カンカンという小気味いい音と男性たちのかけ声が聞こえてきた。そちらに足を運ぶと、木製の剣を手に剣の稽古をするエルドレッドとディエゴの姿があった。


 シャノンにとってはまだ長袖のコートを手放せない春の朝だが、北国育ちのエルドレッドは上半身が半袖シャツのみで、シャノンと同じく南部出身のディエゴも薄手の長袖シャツ一枚だった。


 長い間使用しているため飴色になった剣を振り上げ、受け止める。二人の動きからしてやはり体格と若さで勝るエルドレッドの方が優勢かと思われたが、いち早くシャノンの存在に気づいたらしいディエゴがこちらを見てにやりと笑った。


「おはよう、シャノン!」

「えっ、シャノ――」


 エルドレッドが弾んだ声を上げた瞬間、ディエゴの剣がエルドレッドの剣に容赦なく襲いかかった。

 握力が緩んだ隙を衝いて与えられた一撃により、エルドレッドの剣が持ち主の手を離れてくるくると宙に舞う――が、彼は見事それを右手でキャッチした。


 エルドレッドはかろうじて受け止めた剣を手に、恨めしそうな視線をディエゴに送る。


「ディエゴ……まさかおまえが、そのような手を使うとは」

「甘いですよ、閣下。シャノンの名前を聞いても動じない心を持たねばなりません。私が敵対勢力だったら、シャノンの名前を戦場で利用しますよ」

「……悔しいが、おまえの言うとおりだ。精進する」


 自身が少年だった頃に師事したこともあるディエゴの指摘に、エルドレッドはぐうの音も出ないようだ。

 逆ギレしたりすることなく素直に忠告を聞き入れたエルドレッドはディエゴと向かい合ってお辞儀をして、そしてぐるっとシャノンの方を向いた。


「おはよう、シャノン! 朝露に濡れた中庭に立つあなたは、いっそう美しい」

「おはようございます、エルドレッド様。朝から鍛錬お疲れ様です」

「なに、日課のようなものだ。……こんな汗まみれの体であなたに近づくのは心苦しいが、このままだとあなたが朝日に溶けて消えてしまいそうに思われる。もっと、近づいてもいいか?」

「もちろんです」


 エルドレッドは母親譲りという美貌を持つ美丈夫だが、高身長で非常に体格もよく、頑強な体を持っている。だが彼は無骨で粗野などころか非常に紳士で、こうして詩的な言葉を交えながらシャノンに接してくれる。


 少し気障っぽいところはあるが、嫌だとは全く思わない。実家で冷遇されていたとはいえシャノンも子爵令嬢だったのだから、王都の貴族が恋人に囁くような言葉を贈られてとても嬉しい。


 シャノンはうなずき、自分の方からエルドレッドに向かいバスケットを差し出した。


「タオルとお水を持ってきました。……といっても、用意してくれたのはメイドですが」

「ありがたい。いつも気を遣ってくれるあなたにもメイドにも、礼を言わねば」


 ……シャノンだけでなくメイドにも配慮をするエルドレッドが、シャノンは好きだ。


(……それにしても。いつもそうだけれど訓練後のエルドレッド様は、普段と雰囲気が違うのよね)


 雪国だけあり普段はかっちり着込むエルドレッドだが、訓練のときには薄着になる。どうやら彼は運動をしただけ体温が上がりよく汗を掻く体質らしく、銀色の髪はしっとりと濡れて少し癖がついており、太い首筋や二の腕にも汗が流れている。


 ……そんな彼の姿を見てちょっとだけどきどきしてしまうというのは、エルドレッドには内緒だ。

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