春が呼ぶ再会①
ここから番外編です。ひとまず9話で一区切りです。
シャノンと駄犬ヒーローの絡みもありますが、シャノンと「ある人」の再会がメインとなっております。
厳しい冬が過ぎ、ランバート辺境伯領にも春がやってきた。
虫たちが地中から出てきて色とりどりの花が咲き乱れる王都近郊の春と比べると、ここらの春は地味だ。だが、苔や青草が大地を彩る北国の春も、十分美しい。
春は暖かいので、辺境伯城一帯を囲む大門の前で番をしていた青年も、ついあくびをしてしまいそうになる。
真冬には、ユキオオカミの異常行動が見られたりして大変だった。しかも彼は、ユキオオカミのはぐれ密猟者と対峙することになってしまった。
あのときのことは、青年にとって苦い思い出となっている。
ランバート辺境伯家当主であるエルドレッドは、「おまえたちは夜勤明けだったし、シャノンも自分が悪いと言っている」と配慮してくれたのだが、気を抜いた瞬間に武器を奪われ、シャノン――次期辺境伯夫人を危険にさらしたのは事実だ。
本来ならクビになってもおかしくないのに、減給処分だけで済ませてくれただけでなく、「夜勤の制度も見直す必要がある」と言って、門番の勤務状況の改善までしてくれたエルドレッドには、感謝しかない。
これからは襟を正して勤務に臨み、エルドレッドの慈悲とシャノンの気遣いに応えなければならない。
そういうことでぽかぽか暖かい陽気の中でも気を緩ませることなく頑張っていた門番は、こちらに近づいてくる人影に気づいた。
――その瞬間、冬の失態が思い出されて、彼は腰の剣に手をかけながら「そこの者、止まれ!」と声をかけた。
やってきたのは、小柄な人物だった。頭からすっぽりフード付きコートを被っていることから、ランバート辺境伯領の春を肌寒いと感じる旅人だと分かる。
「この先は、ランバート辺境伯城である。身分証明書などは持っているか」
これまでよりもセキュリティを強化したのでそう問うと、フードの人物は困ったように頭を左右に動かした。
「証明書は……持っていません。申し訳ございません」
……驚いた。
外部の人間だから小柄なのは道理だろうと思っていたが、その声は女性――それも、あまり若くない中年くらいの年頃の女性のものだったからだ。
春や夏は、単身で旅に来る者も少なくない。だがそのほとんどは若者で、中年の女性一人旅というのは滅多に見られない。
見るからにひ弱そうで、あまり金も持っていないようだ。それでももしかすると貧民のふりをした女暗殺者かもしれないので、門番は「そうか」と答えつつも警戒心を解かない。
「では、身体検査を行う。武器などを持っていないと分かれば中に通すが、それでよいか」
「もちろんです。……あの、すみません。こちらにシャノン様がいらっしゃるのは、本当ですか?」
女は従順に答えてから、そんなことを尋ねてきた。
シャノンは北方騎士団付事務官であり、辺境伯家当主エルドレッドの婚約者だ。名前からして北方の人間のものではなく、この城にシャノンという女性は彼女一人しかいない。
……まさか、シャノンの命を狙った暗殺者か。
いや、それにしては不用意すぎる。暗殺者だったら、標的の名前をあっさり言わないはず。それに……身体検査はまだだが、この女は見るからに戦闘能力のない一般人だ。
「……その問いに答えることはできない」
「分かりました。十分でございます」
シャノンに何かされてはならないと思い素っ気なく答えるが、女が気にした様子はなかった。そして間もなくやってきた女性兵士に連れられておとなしく詰め所の方に行き、すぐに出てきた。
「問題なさそうね。仮通行証を発行して中に通すわ」
「ありがとうございます」
女性兵士にも丁寧に応じて、女は仮通行証――木の板に、辺境伯家の家紋が入ったものだ――を大切そうに両手で包み込み、門をくぐっていった。
「……」
「お疲れさん。あの人、全く問題なしだったわ。武器は護身用のナイフくらいで、預かるって言ったら素直に提出した。動きも年相応って感じだったから、誰かが送り込んできた刺客とかではなさそうよ」
青年の心の内を読み取ったかのように女性兵士が言うので、彼は苦笑してうなずいた。
「ありがとう。……それならいいのだけれど、なんだかちょっと変な人だったな」
「どういう点が?」
「はっきりとは、分からないんだけど。……なんとなく、シャノン様に似ている気がしたんだ」
青年がそう言った直後、ひゅうっと春の風が吹いた。
王都を吹くものよりも冷たいそれは鉄の門の隙間を通り抜け、大通りの石畳を歩く女のフードをくすぐる。
「……シャノン様――お嬢様」
仮通行証を握りしめた女は顔を上げ、大通りの先に見える無骨な辺境伯城を見つめる。
「最後にひと目だけでも、あなたのお姿を見られたら……私は十分でございます」




