30 『ご褒美』の行方①
結局シャノンはエルドレッドに抱えられたまま街の大通りを凱旋し、城の医務室まで運ばれた。
到着したときもエルドレッドは息一つ乱していなくて、彼に抱えられて楽をしたはずのシャノンの方が緊張と恥ずかしさで息も絶え絶えだった。
医師が診察してくれたのだが、シャノンの首の怪我はごく浅いものだった。だが念のために傷口を洗って消毒し、化膿止めの薬を塗られた。
治療を受ける間は念のために服を脱ぐ必要もあったし、エルドレッドもユキオオカミ調査の後処理をしなければならないので席を外し、治療が終わって湯たんぽを与えられぬくぬくとしているときに戻ってきた。
「シャノン、入ってもいいか」
「はい、どうぞ、閣下」
医師が出て行った後、ブランケットに頭からくるまって温もっていたシャノンは、頭のブランケットを下ろしてから応じた。
入室したエルドレッドは今の間に武装を解いたらしく、普段見かけるときと同じジャケット姿になっていた……が、彼はソファに座るシャノンを見てなぜか天井を仰いだ。
「シャノンが……もこもこふわふわになっている……」
「えっ。あ、すみません。体を温めるようにと言われましたので」
「いや、いい、そのままでいい。……そうか。ふわふわもこもこも……いいな……」
慌ててブランケットを外そうとしたら止められたのでそのままにしたが、エルドレッドは何やら「シャノンとふわもこ……」とつぶやいている。大丈夫なのだろうか。
エルドレッドはシャノンの向かいに座り、じっとこちらを見てきた。
「医師からは、痕の残るような怪我ではなかったと聞いているのだが」
「はい。閣下のおかげで軽傷で済みました」
「そうか。……シャノンを助けることになったのなら、得意ではないものの頑張って習得した弓術が役に立ったようで私も嬉しい」
エルドレッドはそう言って、微笑んだ。
そうかもしれないとは思っていたが、密猟者の男が振り上げた剣を弾いたり腕を射たりした矢は、エルドレッドが放ったようだ。
さすがにあの場ではそんなことを考える余裕はなかったが、矢を射るときのエルドレッドはきっととても格好よかっただろう。
(……って、そういうのはいいから!)
つい弓矢を構えるエルドレッドを想像しそうになったシャノンは自分を叱咤し、咳払いをした。
「閣下の方は、ユキオオカミ調査のことなどは問題ありませんか?」
「ああ。ディエゴが動いてくれたおかげで、問題なく進んでいる」
そうして彼が言うに、やはりエルドレッドはユキオオカミの異常行動が密猟者によるものだろうと最初から予想していたという。
冷夏により草木が育たなかったことが原因でユキオオカミの行動が変わった過去と違い、今回は植物や自然などにおいて異変はない。
ということは、この問題は人為的な原因が絡んでいるはずだ。そして他の動物には影響がなくユキオオカミだけの行動が変わったということなら、そのプラチナのような毛皮を狙った密猟者が山に入り込んでいるのだろう、と推測したという。
暖かい時季の密猟者はともかく、冬に来る者は相当なチャレンジャーだ。密猟者はほぼ間違いなくよそから来た者なので、ランバート辺境伯領の冬の厳しさを理解していない。
案の定、密猟者グループの半数はエルドレッドたちが手を下す前に遭難して、凍死体で見つかった。
残りの者はエルドレッドたちが嵌めた罠にかかってあっさり捕まったものの、そこから着の身着のままで逃げおおせた者が復讐のために街の方にやってきたのだろう。
「冬の密猟者は大半が凍死し、残りは北方騎士団が捕らえる。この土地の冬を軽んじていた者は、自ら私たちに助けを求めてくることさえある。……今回のように逆上する者は、あまりいなかった」
「そうなのですね……」
「だから……申し訳ない、シャノン。取りこぼしをしなければ、あなたが怪我をすることもなかった」
エルドレッドが詫びたので、シャノンは背筋を伸ばして首を横に振った。
「いいえ、あなたが謝罪なさることではありません。先ほども言ったように、密猟者の相手を門番さんに任せず前に出た私がまいた種です。そして……そんな私を殺そうとした、あの人が悪いのですから」
「……」
「だから、大丈夫ですよ。私は無事、あなた方も無事に帰ってこられたのですから……そ、その、『ご褒美』も、差し上げますし」
「本当か!?」
途端、エルドレッドは顔を上げてぱあっと満面の笑顔になった。やはり彼は、冷酷な狼ではなくて愛想のいい番犬といったところだろう。
「もちろんです。……その、閣下は頑張られたのですから」
「シャノン……」
エルドレッドはごくりとつばを呑むと、ソファから立ち上がった。そしてテーブルを回ってシャノンの隣に来て、ソファの空いているところに腰を下ろした。
彼は重量があるのでソファの座面が傾き、自然とシャノンの体もエルドレッドの方に倒れてしまう。
……どき、どき、と胸が高鳴っている。
エルドレッドが腕を伸ばしてシャノンの肩を抱いたのでその高鳴りがますます激しくなり、耳の奥でめちゃくちゃに鳴り響く。
(わわわわ! ほ、本当に……『ご褒美』あげちゃうの!?)




