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捨てられた壁令嬢、北方騎士団の癒やし担当になる  作者: 瀬尾優梨
本編 秋から春

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29 見当違いの復讐心③

 男はぐっと唇を噛みしめると、シャノンの首筋に刃を当てていた剣を振り上げた。

 門番が、「やめろ!」と叫び――


 ――シュン、と銀の光が目の前をよぎり、男が振り上げた剣の刃に当たって澄んだ音を立てた。


 衝撃により刃の先がずれて、シャノンの首めがけて振り下ろされそうだった剣の先が雪の中に埋まる。

 男がそれを引き抜くよりも前に二度目の銀の光が飛び、シャノンの首を押さえる男の左腕に突き刺さった。


「ぐあぁっ!?」

「シャノンさん!」


 すぐさま門番が飛び出し、シャノンの背中側から腕を回して雪の中から引っ張り上げてくれた。


 門番は左腕を負傷してうめく男から剣を取り上げ、遠くから複数人が雪を踏みしめながらこちらに走ってくる音が聞こえてくる。


「シャノン!」

「……閣下?」


 聞き慣れた声で名を呼ばれて、シャノンが振り返ると――ざっと白い雪が舞い、シャノンの体は太い腕に抱き寄せられその胸元に引き寄せられた。


「怪我はないか? 大丈夫か?」


 シャノンを強く抱きしめながら言うその人は、大きな体を丸めてシャノンの肩に顔を押しつけている。

 シャノンの視界の横で銀色の髪が揺れ、そこにくっついていた粉のような雪で鼻をくすぐられる。


 エルドレッドが、シャノンを抱きしめていた。

 大柄な彼がのしかかるように抱きしめてくるので、シャノンの体は彼の腕の中ですっぽり包まれてしまう。


(……あ、閣下だ。戻ってこられたんだ……)


「閣下、私……」

「大丈夫だ、何も言わなくていい。……ああ、なんてことだ。首に怪我を……」


 そこでようやく顔を上げたエルドレッドは真っ先に、シャノンの首についた剣の傷に気がついた。自分では見えないがじんじん痺れるので、おそらく皮膚を切り血が出ているのだろう。


 エルドレッドが傷の周りの皮膚にそっと触れて痛ましそうな眼差しをするので、シャノンははっとして彼の胸を叩いた。


「閣下、閣下。あの、この怪我はたいしたことないし……あと、門番さんを責めないであげてください! あの剣は確かに門番さんのものですが、うかつに前に出た私がいけないから……」

「分かった。彼らのことは、きちんと考慮しておく」


 エルドレッドがそう言ってくれたので、ほっとできた。


 そもそもは「北方騎士団」という言葉に釣られてシャノンが前に出たのがいけなかったのだから、剣を奪われたとはいえ門番に過剰な罰は与えないでほしかった。


 エルドレッドはもう一度シャノンをぎゅっと抱きしめてから、腕を緩めてくれた。

 おかげでシャノンはやっと周りの様子が見られ、エルドレッドに遅れて到着したらしいディエゴたちが密猟者の男を縛り上げていることに気づいた。


「皆様、無事なのですね?」

「ああ、約束しただろう? それに『目星』も……って、もうあなたも気づいているだろうな」


 シャノンはうなずき、立ち上がろうとした――が、途中でがくっと膝が折れ、エルドレッドの鎧の肩当て部分に両手を突く形になってしまった。


「ご、ごめんなさい!」

「いや、まだ足腰が立たないのだろう。……ディエゴ、この場のことは任せていいか」


 エルドレッドに問われたディエゴはこちらを見て、やれやれとばかりに肩をすくめた。


「……嫌ですと言える雰囲気じゃないですよね。まあ、そうなるのは予想できていたから大丈夫です。閣下は、シャノンをお願いします」

「助かる。……さあ、行こう」

「えっ……きゃあっ!?」


 ディエゴの許可を取るなり、エルドレッドは立ち上がり――まるでそのついでだとばかりにひょいっとシャノンを抱えた。


 ついさっきまでエルドレッドの肩に掴まるように立っていたのに、一呼吸の間に彼に抱きかかえられていた。


(た、高い!?)


 一気に高所に抱き上げられたのでシャノンが思わずエルドレッドの肩に両腕を回してしがみつくと、「それがいい」とエルドレッドは満足そうにうなずいた。そしてシャノンを抱えたままきびすを返し、城の方へのしのしと歩き始めた。


(……えっ。まさか、このまま城に行くおつもり……!?)


「ま、待ってください、閣下!」

「言葉ならいくらでも待つが、歩くのは待てないな」

「だめです! こ、ここは街のど真ん中じゃないですか!」


 そう、シャノンがエルドレッドたちの帰還を待つために立っていた門は、城とその周囲の街を囲む門だった。

 つまりここから城までそれなりの距離があるし、積雪期の早朝とはいえ今日は天気もいいので、朝から表に出て雪かきをしている人もいる。


 そんな人たちの前を、しかもかなりの距離を抱えて歩くなんて、とシャノンは説き伏せようとしたが、エルドレッドは「なんだ、それくらいのことか」とあっけらかんとしている。


「私は体力があるから、シャノンを抱えたまま城どころか山登りでもできるくらいだから、安心してくれ。それに……ほら、誰も私たちのことを悪く言ったりしないさ」


 エルドレッドが顔を向けた先にはちょうど、雪かきの手を止めてこちらを見る街の人々の姿があった。


 大きなシャベルを手にした中年女性と、雪を乗せて運ぶためのそりの持ち手に手をかける男性。夫婦らしき彼らはにこにことこちらを見ており、「あらまぁ、ご無事でよかったわ、閣下」「閣下のもとに一足先に、春が来ましたか!」と声をかけてきた。


 他にも、雪で遊んでいる子どもたちがこちらを見て「おひめさまだっこだー!」「あの後でちゅーするんでしょ、ちゅー!」と囃してくる。


(いやいや、悪くは言われないけれど目立っているわよ!)


 耐えられずにシャノンが顔を隠すべくエルドレッドの胸に顔を押しつけると、彼は朗らかに笑った。


「ああ、これもいいな。恥じらうシャノンの顔を見ていいのは、私だけだ」

「そういう意味じゃありません……」

「まあ、いいではないか。それに……早く城に帰ってあなたの手当てをして、それから『ご褒美』の話もしたいからな」


 エルドレッドがそんなことを言うので、ついシャノンは全身をびくっと震わせてしまった。

 そろそろと顔を上げると、とてもいい笑顔を浮かべたエルドレッドが。


「……『ご褒美』について、考えてくれたかな?」

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