28 見当違いの復讐心②
門番たちも同じことを思ったようで、レバーのところにいた門番も男のところに駆けていき、シャノンも急いで彼を追った。
「そなた、北方騎士団について何か知っているのか?」
「ああ! 山のところで会ったんだ!」
「何か……あったのですか!?」
思わずシャノンが問うと、男はきょとんとした様子でこちらを見てきた。
なるほど、この寒空でよくここまで来られたと思うほどの薄着で、髪も髭も伸び放題なので山賊のような見た目になっている。
「お嬢ちゃん……あんたは?」
「私は、北方騎士団付事務官です。騎士団の皆について、何かご存じなのですか? 皆は、無事ですか!?」
幼女扱いされたのは気になったが、今はそれはどうでもいい。
シャノンが問うと男は瞬きし、「そうか」とつぶやいた。
「お嬢ちゃんが、北方騎士団の事務官……」
「そうですが……」
それよりもエルドレッドたちの情報を……と思い、身を乗り出したのがまずかった。
空腹で今にも倒れそうな雰囲気だった男が、驚くべき俊敏さを発揮して飛び出した。
彼は剣を持っていた門番を殴り倒してその手から剣を奪い、それを逆手に持ってもう片方の腕でシャノンの首を掴んでその場に押し倒した。
(なっ……!?)
抵抗する間もなく、どさっ、とシャノンは雪の上に倒れる。下が地面だったら後頭部を打ち付けていたかもしれないが、雪がクッションになってくれた。
だが今、シャノンの首を押さえた男によって雪に押し倒されており、その喉元に門番から強奪した剣の先が当てられた。
「はは……! そうか、そうか。おまえも騎士団員ということか!」
「うっ……」
「貴様っ……! シャノンさんから離れろ!」
「……俺の後ろにいる、兄ちゃん。あんた、背後から襲えると思っているだろう? やめとけ。そうすると、俺の剣がお嬢ちゃんの喉に突き刺さるぞ」
ひび割れた声で男が言うが、脅しではない。現に彼が構える剣の刃の先は既にシャノンの喉の皮膚に食い込んでいて、チリチリとした痛みが走っているのだから。
この男が少しでも身を動かせば……周りの門番たちが男を動かすようなことがあれば、シャノンの喉に刃が突き刺さってしまう。
それはシャノンも同じで、喉を押さえつけられて苦しいだけでなくて、下手に抵抗すればこの刃が自分の喉を引き裂くかもしれないと思うと、身じろぎもできない。
は、は、と短く息を吐きながら、体が震えないように必死に身を固まらせることしかできない。
(なんで、こんなことに……?)
「……あなたは、北方騎士団を恨んでいるのですか?」
少しでも男の気をそらそうと思って裏返った声で問うと、男は「ああ、そうだよ!」と怒鳴った。
「あいつらのせいで、俺たちの計画は失敗した! 仲間の半分は雪山で死んで、残りは騎士団どもに捕まった! なぁにが、人とユキオオカミの共存だ! ケチくせぇことを言わず、毛皮の一枚くらい見逃せばいいだろう!」
(毛皮の……?)
男の発言で、シャノンはぴんときた。
「まさかあなたは、密猟者……!?」
シャノンのつぶやきに男は答えなかったが、不快そうに眉根を寄せる様が肯定を示しているようだった。
これがきっと、エルドレッドが言っていた『目星』なのだ。
ユキオオカミが例年と違う行動を取っていたのは、狼の毛皮を狙った密猟者たちが山にやってきたから。雄の狼たちは雌を守るために密猟者たちを追い払おうとしたために、行動パターンが乱れる。
ユキオオカミの白い毛皮や長い牙、少々臭みはあるものの歯ごたえがあり旨味が詰まった肉などは、高値で売れるそうだ。
もちろん辺境伯領ではそれらを商売道具にすることはなく、やむを得ず仕留めた狼の骸が腐敗し無駄にならないようにするために最低限のものを剥ぎ取るだけに留めている。
だが市場で、ユキオオカミの毛皮などは貴重品として重宝される。金持ちが高値で買いたがるため、密猟者がユキオオカミ狩りに来ることも少なくないという。
多くの密猟者は気候のいい春から夏にかけて、辺境伯領にやってくる。だがその頃のユキオオカミは夏毛なので、毛皮は純白ではない。
だからより稀少な毛皮を狙う者が、冬にやってくる。その多くは雪山で遭難したり狼の群れに襲われたりして大半は死亡するので、自業自得な連中の後処理をするのが嫌で仕方がないとラウハたちも言っていた。
(だったら、北方騎士団に捕縛されたり命からがら逃げてこられたりしただけで十分と思ってほしいくらいなのに……!)
この男が薄着なのも、狼に襲われて上着が切り裂かれたとかが原因だろう。それなのに北方騎士団を逆恨みして……しかも非戦闘員のシャノンを襲うなんて、お門違いもいいところだ。
……だが、この男に正論が通じるはずもない。
今の彼は、「こうなったのは全て、北方騎士団が原因だ」と思い込んでおり、彼の復讐対象にシャノンも入っているのだから。
「……辺境伯領の冬は、初心者が過ごすにはとても厳しいです。それを、私も肌で感じている最中です」
男を刺激するまいと、シャノンは静かに言葉を紡ぐ。
……今、門番の一人が音を立てずにきびすを返したところが見えた。
時間を稼げば、彼が助けを呼びに行くことができるかもしれない。
「極寒の雪山からもユキオオカミからも命を守ることができたあなたは、とても幸運な方です。……どうか、やけにならないでください」
「……うるせぇ」
「北方騎士団員も辺境伯閣下も、残酷な方ではありません。あなたがこれ以上の犯罪に手を染めなければきっと、ご理解くださるでしょう」
だからこの剣を収めて、と願いを込めたのだが、男は「うるせぇ!」と怒鳴った。
「もうおしまいなんだよ! 救いも何も、あったもんじゃねぇ! 俺はどうせ、あの辺境伯に殺されるんだよ!」
「閣下は、そんなことは――」
「おまえみたいなガキが、あの男の何を知っている! あれはユキオオカミなんか比べものにならない、本物の狼だ!」
……悲しいことだ。
未だにシャノンのことを子ども扱いするのもそうだが……エルドレッドのことをもっとよく理解していれば、彼が冷酷な狼などではないと分かるのに。
確かに見た目はユキオオカミのようだが実際は明るく人当たりがよく、ダメ犬のような面もあると、分かったはずなのに。




