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捨てられた壁令嬢、北方騎士団の癒やし担当になる  作者: 瀬尾優梨
本編 秋から春

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21/60

21 気づいてしまったもの①

 今年は例年と比べてユキオオカミの動きがおかしい、という知らせが回ったのは、真冬のある日のことだった。


 多くの恒温動物と違って真冬に一番動きが活発になる、王国北部にのみ生息するユキオオカミ。

 ときには人里に下りて人間を襲うこともあるが、そうならないために獣除けのバリケードを立てたり道を塞いだりしている。


 人を襲うとなったら駆除するしかないが、ランバート地方はユキオオカミの乱獲を推奨していない。彼らもまた雪国で暮らす生き物なのだから、できる限り共存したいと考えている。


 そのために北方騎士団は冬季にユキオオカミなど野生動物を山に追い返すこともしているのだが、そのときに役に立つのが例年の行動データだ。


(言われてみると確かに、これまでとは動きが違うわ……)


 騎士団棟事務官室にて、シャノンは先ほど書記官から渡された情報をもとに地図に書き込みをしながら、今年のユキオオカミの異変について学んでいた。


 人間とユキオオカミの不要な接触や殺生を避けるため、群れがどこに棲んでおりどう動くかを毎年記録している。それらの文字データは本城の書記官室にあるが、騎士たちの活動に向けて地図に書き込んだものは騎士団棟事務官室保管となっている。


 前回のものはディエゴ、それ以前のものは前任の高齢事務官が書き込んだという印が、地図に散らばっている。それらは去年以前はほぼ同じ傾向が見られるのに、今年は例年とは違う配置になっていた。


(ラウハたちも、「いると思ったらいないし、いないと思ったらいる」って言っていたわね)


 先日、今年のユキオオカミの行動ルートを調査しに行ったラウハたちは、怒ったり困ったり焦ったりしていた。彼女らもある程度の目星をつけて調査に行くから、「いると思ったらいないし、いないと思ったらいる」のはさぞ大変だろう。


 ユキオオカミは春に出産して、夏の間に子育てをする。冬の間は雌が妊娠していることが多いので、自分のつがいを守るために雄が凶暴になる。冬に人間を襲うユキオオカミは、ほぼ間違いなく雄だ。


 春から夏にかけて見られるユキオオカミは雌が多く、子どもを守るために凶暴化する。

 だが雄と雌とでは体の大きさが格段に違うので、暖かい時季に見かけるユキオオカミの雌は騎士一人で十分戦えるが、冬の雄、しかも吹雪の中となると人間が圧倒的に不利になり、五人がかりで一頭と戦っても返り討ちにされることもあるとか。


 だから、ユキオオカミの動きが例年と違うというのは騎士団としても看過できないものだ。人間とユキオオカミ両方に甚大な被害が出る前に、原因を突き止める必要がある。


 資料をもとに地図に印を入れたら、ディエゴにチェックしてもらう。

 ちょうど休憩室にいたディエゴはシャノンが書き込んだ地図を見て、うなずいた。


「うまくまとめられているな。ありがとう、シャノン」

「どういたしまして。……ユキオオカミの動き、心配ですね」


 もっと言うべきこと、言いたいことはあるのに、未熟な自分では月並みな意見しか出てこないのが心苦しい。


 だがディエゴは片手に持っていたコーヒー入りのマグカップをテーブルに置き、「そうだな」と穏やかな声で応じてくれた。


「今年の春から秋にかけて、ユキオオカミの食糧になる兎や狐などが激減したという話は聞かない。……食物連鎖、知っているかい?」

「はい。ユキオオカミなど食物連鎖の上に立つ者に異変が生じた場合、その原因は『食べられる側』にある可能性が高いのですよね」


 一般教養として教えてくれた家庭教師の先生に心の中で感謝しつつ言うと、ディエゴはうなずいた。


「そうだ。過去にもユキオオカミの行動ルート変更が見られることがあったが、その原因はその年が冷夏で、山の草が枯れたことにあった」

「……山の草が枯れたことでそれを食べる兎が減り、本来の餌である兎の数が減ったからユキオオカミが冬の食糧を求めるために例年とは違う行動を取ったのですね」

「ああ。だから当時の辺境伯は翌年から、春から夏にかけての山の植生についても調査するようになった。だからといってこれから先二度と同じことが起こらないとは言えないけれど、起こる確率は格段に減っただろう」

「……でも今回は、そういう報告はないですよね?」


 今年は夏までの資料をディエゴが、それ以降をシャノンがまとめている。まだ全ての資料に目を通したわけではないが、さしずめディエゴがまとめたものは読み込んでいる。


(でも、ユキオオカミの行動変化につながるようなものは見られなかった。調査に行ったラウハたちも驚いていたくらいだから、現場をよく知っている騎士でも原因に気づくことはなかったということよね)


 シャノンの問いにディエゴはうなずき、少し身を乗り出してきた。


「……この件はもちろん、閣下もご存じだ。ついでに言うと、閣下は今回の原因についてだいたいの目星をつけてらっしゃる」

「えっ、そうなのですか!?」

「ああ。でも、それを皆に知らせるつもりはないそうだ。確信がないからぬか喜びになるかもしれないし……可能性は広げておいた方がいい。閣下のお考えを広めると、他の可能性を考えることを放棄してしまうかもしれないからな」


 急いて問い詰めようとしたシャノンだが、なるほどそれもそうだと勢いを収めた。


 おそらくエルドレッドはユキオオカミの行動変化についての推測を、ごく一部の者にしか伝えないつもりなのだろう。ラウハたち現場で動く騎士たちにはあえて明確な推測を述べない方が、彼らの行動や思考を制限せずに済むからだ。


(明るくてどちらかというとぐいぐい行くタイプだと思っていたけれど、慎重派だったのね……)


 そしてシャノンもまた、「ごく一部の者」に入れられないのだろう。

 シャノンは現場に行くことがないし、自分の仕事は主に記録と騎士たちの生活管理。まだ憶測に過ぎないことを、エルドレッドがシャノンに教える必要は全くないのだ。


「そういうことでしたら、了解しました。一日も早く問題が解決することを願っております」

「そうだな。シャノンが無事を祈っていると知ると、閣下も皆もいっそう士気が上がるだろう」


 ディエゴがそんなことを言うので、シャノンは笑みをこぼしてしまう。


「そんなことをおっしゃいますが、私にそんな力はありませんよ」

「君は自分の魅力を過小評価しすぎているよ。シャノンはもはや、騎士団の癒やし担当と言ってもいい。君が城で待っているから必ず帰ってこようと思えるし、君を泣かせたくないから無理をしないと思える。……そうですよね、閣下?」

「えっ」


 いきなりディエゴがそう言って視線をずらすので、シャノンははっとして振り返り――いつの間にそこにいたのか、休憩室にエルドレッドの姿があったため驚いてしまった。


「閣下!?」

「立ち聞きなんて、行儀が悪いですよ」

「ドアが開けたままだったから入って……そうしたらおまえがシャノンとやけに親しげに話をするから、気になっただけだ」


 そう言うエルドレッドは少し不満げで、ディエゴをじろりと見ている。


「ディエゴ、おまえには最愛の奥方がいるだろう。シャノンに色目を使うな」

「やめてください、私はこれまで一度たりともシャノンをそのような目で見たことはありません。……だよね、シャノン?」

「ええ、もちろんです」


 同意を求められたので、しっかりうなずく。

 ディエゴは初対面のときから礼儀正しく仕事に忠実な男性で、頼りになる人だ。シャノンだって恋愛的な意味で彼のことを見たことはないし、妻と子どもを愛する素敵な旦那様だと感心しているくらいだ。

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